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悪ラス×やり竜

『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(1)』

「お初にお目にかかります、クロード・ジャンヌ・エルメイア皇帝陛下。ジル・サーヴェルと申します!」  かつ、と軍靴を踵で鳴らして綺麗な敬礼を見せた少女に、クロードはぱちくりと目をまばたいた。  そのあとで、ああと本日の訪問客のリストを見る。  そして名前と訪問理由だけを確認して、少女に目を向けた。 「話には聞いている、ジル嬢。新作の主人公との年末年始特別クロスオーバーイベントだとか」 「そのようにわたしも聞いております。クロード様のご活躍はかねがね耳にしておりましたので、ご一緒できるなんて光栄です」  ぴしっと背筋を伸ばしたままよどみなく答える少女に、クロードは滅多に動かさない眉をひそめた。 「不躾なことを言うが、本当に十歳なんだな」 「はい、そうです」 「……その、既に十九歳のヒーローと結婚したとか小耳にはさんだのだが、妻から」 「すでに情報収集をなさっているのですね。さすがです」  つまりロリコ――と口にしかけたクロードは、十歳の少女を前で口にしていい言葉ではないと判断した。  執務机の前にある応接ソファに腰かけるようすすめると、ジルが失礼しますと言い置いて、クロードの真向かいの席に腰をおろした。礼儀正しい少女である。  ふかふかのソファに沈むかと思いきや、きっちり姿勢を保ったままでいた。素晴らしい体幹だ。 「ところで、ロリコ――いや、君の夫はどこに?」 「それが、何やら用事があるとかで、あとからくると。わたしだけ先に行っているように言われました」 「そうか。僕も妻から遅れると言付けがあって……ああ、そうだ。君がきたらこれを一緒に見るようにと言われていた」  懐から封書を取り出す。  妻とこの少女は初対面のはずだが、何やら女性同士で会う前に伝えておきたいことでもあるのかもしれない。  ペーパーナイフと一緒に渡すと、礼儀正しい少女は、礼を述べてから封を切り、クロードにも見えるよう折り目を伸ばして間のテーブルに置いた。 『「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました&やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」クロスオーバー交流企画(長い) お前の妻は預かった。返して欲しければ三つの扉を突破して助けにこい!』 「いくらなんでも雑すぎる」 「はーっはっはっは!」  思わずつっこんだクロードの声にかぶさるようにして、空中から笑い声が響く。  顔をあげて、ジルが叫んだ。 「陛下!? な、何してるんですか他人様のうちで!」 「魔王! お前の妻は僕が預かった! 返して欲しければ何か難問を突破してどうにかするんだな!」 「きゃークロード様、わたくしとしたことが捕まってしまいました! 助けてくださいませ!」  棒読みでなんか声をあげているのは他でもないクロードの妻・アイリーンである。  何がなんだかわからないが、とりあえず自分以外の男が妻の腰を抱いているのはいただけない。妻を自分の腕の中に転移させようとした瞬間、ばちっと音がして弾かれた。  眉をひそめたクロードに、ふっと妻をさらおうとしているらしい男が笑う。年下だろう、笑みにまだ子供っぽさが残っている。 「そんなものがこの竜帝たるハディス・テオス・ラーヴェにきくわけないだろう! そこで指をくわえて眺めて――」 「陛下!」  ずいっと進み出たジルに、男が目を向ける。 「ジル……」 「何をしてるんですか、お茶をするって準備してませんでした!?」 「何を言っているのだかわからないな」 「なんですかその悪役の台詞は! いいからおりてきてください! そちらのご令嬢はクロード様の奥方様では?」 「なぜなら僕は耳栓をしているからだ!」  しんとその場が凍り付いた――というよりは、白けた。  だが自信満々で男は続ける。 「君に離婚だの嫌いになるだの言われたら僕は心臓がとまる……だから僕は考えた! 君に軽率に心臓をとめられない方法を、編みだしたんだ……!」 「……それ以外のことにその頭のよさを使ってもらいたかったです、陛下……」 「つまり何を言っているかわからない! でも君は僕のお嫁さんだからな! 悪いことをする僕をちゃんと止めにこないとだめだぞ!」 「そうですわよ! クロード様もわたくしを助けにきてくださいませ!」  よくわからない宣言と、ぱあんとクラッカーを鳴らすような派手な音と紙吹雪は、まさか演出だろうか。  あとはしんとした部屋に、げんなりした顔のジルともはや表情をなくしたクロードが取り残される。 「すみません……うちの、陛下が……」 「いや、うちの妻もだ。すまない。というか企画は作者だろう? 最初は僕と彼の書き分けができているか不安で習作を書いていたらいつのまにか増えに増え、こうなったとか」 「そうみたいですね。陛下とクロード様、全然違うのに」  今、ひょっとしてのろけられたのか。  凝視するクロードの前で、ひたすら落ち着き払ったジルが確認する。 「いかなきゃいけないんですよね、おそらく」 「……そうだろうな」  無視したら面倒だろう。意外と真面目なふたりは同じ結論を出して、同時にため息を吐いた。  その頃、悪役竜帝と悪役令嬢といえば―― 「さあっおふたりがくるまでに準備に取りかかりましょう! これは作者からのミッションです!」 「わかっている。まずはそうだな、サンドイッチにスコーン、サラダもバランス的には欲しい……」 「何を用意するつもりなんですのハディス様!?」 「何って、歓迎会の用意だろう?」 「違います! わたくしは囚われのお姫様なんですのよ、こう、鎖とかなんか色々つけて怪しい雰囲気にしてくださいませ!」 「いやでも、ジルがおなかをすかせるかもしれないし」 「う。そ、そうですわね……十歳の女の子ですものね……クロード様、ちゃんと守ってくださるかしら」 「大丈夫だ、ジルはしっかりしてるし。とりあえず君も座ったらどうかな。作り置きのマフィンがあるよ」 「まあ……そ、そうですわね。お茶をいただきながらゆっくり作戦を立てましょう」  ――などと、お茶を飲み始めていた。 2019年プライベッター初出|年末年始特別クロスオーバーSS