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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました

『魔王様は魔道士を待っている』

 キースとレイチェルに案内された廊下の光景に、アイリーンは頬を引きつらせた。 「……何をなさってますの」 「エレファスの帰りを待っている」  古城にあるエレファスの私室の扉前に魔王が三角座りをしている。その両隣に、護衛のウォルトとカイルまで同じ格好で座っていた。 「今日で休暇終わりなのに、あいつまだ帰ってこないとか! そんなに嫁さんがいいか、そうか! あーうらやましい!」 「ひどい裏切りだ。僕が待ってるのに、許せない」 「クロード様はともかく、お前のはひがみだろうが、ウォルト……」 「と言いながらあなたまで座りこんでいるのはどういうことなの、カイル」 「全員、エレファスさんが戻ってこなかったらどうしようって不安なんですよ」  キースだけが冷静にアイリーンに向けて説明する。 「こーなったら明日の朝、あいつの出勤時間までここで座って待ちましょうねクロード様!」 「そうだな。思い知らせてやる。僕がこんなに寒い思いをして廊下で待ってるんだと」 「それはさすがに……きっともうすぐ戻ってくる……」 「はーー? 今、もう夜中ですけどおぉ?? 戻ってくるわけねーだろ今頃嫁さんといちゃいちゃしてんだ、朝に戻ってくるつもりだぞ転移できるからって! あー!」  ウォルトが投げ出した両脚をばたばたさせる。クロードが赤い瞳を細めた。 「僕より妻がいいなんて、エレファスは浮気者だ」 「あー男の友情とかはかなーーい」 「仕事だ、戻ってくる。あいつは真面目な……いや裏切りが十八番だが」 「我が主。あなたの愛する奥様が迎えにきてるんですよ、寝室で休んでください」  嘆息と一緒にクロードの前でキースが仁王立ちした。 「アイリーン様が迎えにきたらちゃんと寝るって私めと約束しましたね?」  ここに案内された理由がわかった。ちらとアイリーンを見たクロードは恨みがましく言う。 「僕の妻は、聖王と正妃の仲裁で、今夜はまた戻らないと聞いたが」 「ええ。ですので私めが頭をさげてお連れしたんですよ」 「お前が呼ぶときてくれるのはどういうことだ?」 「日頃の行いです。変なからみ方しないでくださいよ」 「寝室に戻ったって、またアイリーンは出て行くんだろう」 「それは主の態度次第ですよ」 「エレファスも戻ってきてくれないかもしれない」  そこで妻である自分とエレファスが並ぶのはどういうことだ。――と思ったが、エレファスの休暇中、ずっとそわそわしていたことを思うと怒れなかった。  エレファスは故郷のためにクロードにつかえたのだ。その意味をちゃんとクロードは理解している。故郷のためなら平気で裏切るエレファスごと、受け入れている。 「ゼームスだって、遠くに行ってしまう」  完全に思考が落下方向にあるらしく、どんどんクロードが沈んでいく。  キースが眉をよせて、大きな息を吐き出した。 「わかりました、わーかーりーまーしーたー! エレファスさんとゼームスさんが主を裏切るような真似をしたら、私めがきちんとレヴィ一族とミルチェッタ公国を滅ぼす手配をしますので、元気を出してくださいクロード様」 「わかった、それならいい」 「ちょっそんな約束、安易になさらないでくださいませ!」  キースが約束してクロードが了承すると冗談にならない。  中腰になったクロードが、アイリーンが思わずあげた声に振り向いた。 「大丈夫だ」 「なんに対しての大丈夫ですの、それは」 「君に心配をかけることはない、ということだ。女子会とやらに戻るといい。ウォルト、カイル。お前達ももう休むように」  はぁい、と雑な返事でウォルトが立ちあがり、嘆息と一緒にカイルもそれに続く。 「古城で休まれますか、我が主。それとも皇城で?」 「そうだな……」 「アイリーン様。おわかりですよね?」  背後からレイチェルにささやかれた。振り向かなくても、優秀な侍女の圧はここまで届く。  わかっているとばかりに、アイリーンはわざとらしく咳払いをした。 「わ、わかっているわ。ロクサネ様はバアル様とお話したほうがいいでしょうし。あとはまかせていいわね、レイチェル?」 「もちろんです、そのように」 「クロード様。古城でお休みしましょう。わたくしも参りますわ」  ぱちりとまばたいたクロードに、やや目線をそむけながらアイリーンは続ける。 「しかたがないから、慰めてさしあげます。……さみしがり屋なんですから、クロード様は」 「……そうか」  ふわっとクロードが嬉しそうに笑う。  ああ、この人は本当に表情が豊かになってきた。  きっとアイリーンひとりだけでは成し遂げられなかったことなのだろう。でも、悔しくは思うまい。 「不思議だな。君がそばにいるとさみしくない」 「当然でしょう。わたくし、あなたの妻ですもの。エレファスと一緒にしてもらっては困りますわ」  ふんとそっぽを向くと、クロードが甘えるように腰に手を回してきた。 「それは、失礼した。ご機嫌をとらなくてはならないな」 「えっ……」 「実はがっついていると言われて、とても傷ついていたんだ」  慰めてくれるだろう?  そうにっこり笑ったクロードの腕からの逃亡は、妻として許されない。 ■ 「……で? なんで休暇明けの俺の仕事が、寝室の扉をあけることなんです!?」 「お前のせいだからだよ」 「部屋の前で一夜をあかさずにすんだのはアイリの……皇后陛下の犠牲のおかげだ」 「というわけではい、頑張ってくださいねエレファスさん」  ウォルトとカイル、とどめにキースにまで見捨てられたエレファスは、皇帝夫妻の寝室前で呆然とする。  固くクロードの魔力で閉ざされたこの扉をあけるとか、休暇明け早々なんの嫌がらせだ。  レイチェルまでキース達と一緒にうしろにさがって、完全に見守る体勢だ。 (ええー……いや、こっちに戻ったら三角座りのクロード様が俺の部屋の前にいるとか恐怖だけど)  ちらと見た窓の外は快晴。魔王様は本日もご機嫌だ。昨夜は吹雪だったそうだが。  「あー……クロード様、ただいま戻りました。エレファスです」 「……」  扉の向こうの沈黙が、なんだか冷たい。  嘆息したエレファスは、苦笑いで話を続ける。自分でつかえると決めた、主に。 「今日からまたこちらで暮らします。週末は、故郷に戻りますが。宜しくお願いします」 「……」 「国も、家族もいただきました。だから俺はあなたに尽くしますよ。まあキース様ほどは無理ですが!」 「名指ししないでもらえます?」 「ネイファさん……妻も、了承済みです。むしろそれでいいと。その証、というほどではないですが。妻からこれをクロード様にと渡されました」  そっとエレファスはネイファに持たされたお土産を袋から出す。  賄賂だ、さすが世渡り魔道士、などという単語が背後で聞こえたが、気にしない。 「試作品だそうです。手で持てる小型の写真機だそうで、アイリーン様の写真が撮れますよ」  ばあん、と派手な音を立てて扉が開いた。成功だ。  エレファスの背後で拍手が鳴った。  その後、ご機嫌で小型の写真機を持って皇城をうろつきまわる皇帝の姿が散見されたエルメイア皇国は、今のところ平和である。 2020年プライベッター初出|『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』既刊重版御礼小説