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No.14

#やり竜
『竜帝夫婦の朝』



 健康のため規則正しい生活を心がけている竜帝陛下の朝は早い。
 きっちり毎朝同じ時間に起きて、眠気覚ましに軽く運動をする。湯浴みをして身支度をととのえたら、手際よく朝食作りに取りかかる。ジルが起きるのはこのあたりの時間だ。

「おはようございます、陛下……」
「おはよう、ジル。もう少しでご飯ができるから顔をあらっておいで」

 寝ぼけ眼で返事をしたジルは洗顔へ向かう。本来なら侍女や女官に傅かれながら身支度をととのえるのだが、ベイルブルグのこの城は仮住まいなので、最低限しか人を置いていない。なら帝都ではどうなるのかと訊いてみたところ、大して変わらないだろうと答えられた。
 ハディスの周囲はどうなっているのだと思うが、自分のことは自分でやるほうがジルの性には合っている。

(本当は陛下の朝の訓練には、つきあいたいんだけどなあ……)

 いくら中身が十六歳といっても、十歳の体力には限界がある。ハディスの早起きにつきあっていると、夕方をすぎるころにはこっくりこっくり船を漕いでしまうことがわかったので、諦めることにした。
 ハディスがたたんでおいてくれた服に着替える頃には、大体食卓に朝食が並んでいる。ちょうどジルのおなかもすき始めるのが、いつも不思議だ。
 ほどよく温められたミルクをごくごく飲んで、野菜とハムが挟まれたトーストにかぶりつく。大体朝は昨日の残り物をはさんだ物が多いのだが、ハディスは魔法でも使っているのか、飽きたことはない。

「今日の陛下のご予定は?」
「午前中はいつも通りだよ」

 食事を食べたあとは一時間ほど読書の時間、そのあと昼をすませるまでは執務室で事務仕事。ハディスは、仕事も規則正しいので、大体予定通りに仕事は終わる。

「お昼ご飯を食べたあとは?」
「謁見をいくつかして、夕方頃には終わってると思う」
「ならわたしは、陛下が執務をしてる間、ジークと一緒に訓練してます! 陛下は謁見のときはカミラとミハリのどちらかと一緒にいるようにしてください。午後はスフィア様の授業がありますけど、わたしも夕方には終わります!」

 今のところできる仕事がないジルは、ハディスの予定を把握して、自分の予定を組み立てるのが朝食での日課だ。 
 竜神様は朝が劇的に弱いらしく、読書の時間が終わるまで起き出してこない。一緒に片づけをして、長いソファにふたりで腰かけて本を開くこの時間は、意外と楽しい時間だ。
 読書も勉強もあまり好きではないが、ハディスがすすめてくれる騎士道物語や戦記物はびっくりするほど面白くて、なんだかんだ読んでしまったものも多い。今はチェスのやり方を覚えている最中で、ソファの前にはチェス盤が置かれている。駒を進めたハディスは本を読んで、ジルが次の手を考えるのを待ってくれているのだ。

(ええと。ポーンがここにいるから、これを進めると、こうなって)

 どれをどう進めよう。ハディスほど余裕のないジルは、うんうん考えながらおそるおそる試しに駒を進めてみる。
 ジルが手を進めたことに気づいたハディスは本から目線を一度目をあげると、迷いもせず駒を進めて、ジルの駒をとってしまった。

「あっ」
「やり直す?」
「いいです、決着がつくまでやります! まだ負けてません!」

 また盤面とにらめっこをするジルにハディスが笑い、時計に目をやった。それを合図にしたように、ラーヴェの声が聞こえる。
 
「あーよく寝たー。おはよー嬢ちゃん。ハディス、俺の飯ー」
「そこにある果物でも食べてろ。もうそろそろ執務の時間だ。僕は行くから、この続きは夕方か、また明日。駒を勝手に動かすなよ、ラーヴェ」
「ふへーい」

 ラーヴェが、リンゴを見つけてかじりながら返事をする。時間通り、ミハリがやってきて、ハディスが立ちあがった。
 ふたりきりの時間は、また眠る時間までおあずけだ。

「陛下、そういえばお昼はどうしますか?」
「訓練場まで僕が持っていく」
「ほんとですか! あ、でも無理はだめですよ。陛下がたおれたら知らせてくださいね、ミハリ」
「大丈夫だよ、最近は調子がいいから」
「なーお前らさー」

 ハディスに抱きあげられたジルは、リンゴをまるごとひとつ食べてしまったラーヴェの声に振り向く。ハディスも足を止めた。

「毎日そんなに朝も昼も夜も時間のとれる限り一緒にいて、あきねーの」
「だって陛下、目を離すといつ倒れるかわからないですし……」
「そうだ、一緒にいないと僕は不安で心臓が悪くなる」
「あーうん。悪かった。そうだな、俺、理の竜神だったな」

 愛のことはわかんねーわ、と言ったラーヴェに、ふたりで首をかしげた。

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