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【リングフィットをやる魔王夫妻】
「竜帝夫妻に負けませんわよ、クロード様!」
「ジル嬢がいる時点であちらの圧勝だろう」
「あら、クロード様がリングコンを持った時点でこちらの勝ちです」
「は?」
「さらに運動用のぴちぴちな衣装を着せたら完勝ですわ、おほほほ」
「勝敗の基準がおかしい」
「では早速ゲームを開始…」
「待て。その前に君の服を買いに行こう」
「え? わたくしは別にこれで」
「だめだ。ぴちぴちのやつだ」
「真顔で言いましたわね。でも早くプレイしないと出遅れてしまいます」
「あとはスポーツ用ドリンクも必要だ。準備は大切だろう」
「クロード様、本当に形から入るのがお好きですわね……」
「だいぶ遅れをとった気がしますが始めましょう!」
「大丈夫だ、どうせあちらはジル嬢が色々やって進んでない」
「まずストレッチですわ!」
「怪我の防止だな」
「このゲーム、ストレッチも入ってるんですって。本格的ですわね」
「だがこれだけでは足りない。ふたりでストレッチを加えよう」
「クロード様、実はやる気ありませんわね?」
「入念にストレッチしたいだけだ」
「や、やっとプレイ画面…ここから追い上げます!」
「無理では?」
「誰のせいだと!?」
「だが僕は敵情視察用に竜帝のプレイ動画配信を見つけたぞ」
「あら。あちらはどこまで進…」
『陛下かっこいい!』『えっそうかな~』
「「……」」
「頑張りましょうクロード様。いらっとしました」
「同感だ」
「け、結構きついんですけれども…っ」
「僕に合わせて無茶をするからだ。水を飲んで」
「は、はい。…クロード様は汗ひとつかきませんわね」
「いや疲れている」
「その顔で……?」
「顔と関係ないだろう」
「こうなったらクロード様が汗を滴らせるまで頑張ります!」
「なら僕は君が子鹿のように立てなくなるまで頑張ろう」
「またよからぬことをたくらんでますわね!?」
「どちらがだ」
「このゲームの魔物達は可愛いな」
「そ、そうです、わね…回復されたり馬鹿にされたりしますが…あとステッ●とかいう魔物の顔が憎たらしい…!」
「しかしドラ●という奴は、こんなに魔物達が倒されているのに助けにこないとは魔王失格だ」
「えっ魔王なんですの、ドラ●?」
「違うのか」
「違う…と思いますけれど」
「そうか…なら僕がクリアして魔王にならねば」
「それも違いません!?」
「僕のプランクが…間違っている…と…?」
「ク、クロード様! 落ち着いて、これは感知的な問題が」
「そんな馬鹿な…僕が感知されない…」
「いえ、完璧なプランクでした! 間違っているのはコントローラーのほうです!」
「…そうか?」
「そうです。ほらわたくしも感知されな――あっ」
「…されたな、一発で」
「こ、これは運よくで」
「僕はプランク魔王になる。プランクを完璧にできるようになるまでやり続ける」
「バランス良く運動しましょう!?」
「無事か、アイリーン」
「だ、大丈夫ですわこれしきの筋肉痛ッ…!」
「僕に負荷を合わせて無茶をするから…何かほしいものは? コンビニで買ってこよう」
「クロード様がコンビニ!?」
「僕だってコンビニくらいは行ける」
「本気で仰ってますの…!?」
「…そういうことを言うなら、君をお姫様抱っこで連れて行く」
「それはちょっ…クロード様待って、わたくしが悪かったですから!」
畳む
#悪ラス
2021年Twitter初出
「竜帝夫妻に負けませんわよ、クロード様!」
「ジル嬢がいる時点であちらの圧勝だろう」
「あら、クロード様がリングコンを持った時点でこちらの勝ちです」
「は?」
「さらに運動用のぴちぴちな衣装を着せたら完勝ですわ、おほほほ」
「勝敗の基準がおかしい」
「では早速ゲームを開始…」
「待て。その前に君の服を買いに行こう」
「え? わたくしは別にこれで」
「だめだ。ぴちぴちのやつだ」
「真顔で言いましたわね。でも早くプレイしないと出遅れてしまいます」
「あとはスポーツ用ドリンクも必要だ。準備は大切だろう」
「クロード様、本当に形から入るのがお好きですわね……」
「だいぶ遅れをとった気がしますが始めましょう!」
「大丈夫だ、どうせあちらはジル嬢が色々やって進んでない」
「まずストレッチですわ!」
「怪我の防止だな」
「このゲーム、ストレッチも入ってるんですって。本格的ですわね」
「だがこれだけでは足りない。ふたりでストレッチを加えよう」
「クロード様、実はやる気ありませんわね?」
「入念にストレッチしたいだけだ」
「や、やっとプレイ画面…ここから追い上げます!」
「無理では?」
「誰のせいだと!?」
「だが僕は敵情視察用に竜帝のプレイ動画配信を見つけたぞ」
「あら。あちらはどこまで進…」
『陛下かっこいい!』『えっそうかな~』
「「……」」
「頑張りましょうクロード様。いらっとしました」
「同感だ」
「け、結構きついんですけれども…っ」
「僕に合わせて無茶をするからだ。水を飲んで」
「は、はい。…クロード様は汗ひとつかきませんわね」
「いや疲れている」
「その顔で……?」
「顔と関係ないだろう」
「こうなったらクロード様が汗を滴らせるまで頑張ります!」
「なら僕は君が子鹿のように立てなくなるまで頑張ろう」
「またよからぬことをたくらんでますわね!?」
「どちらがだ」
「このゲームの魔物達は可愛いな」
「そ、そうです、わね…回復されたり馬鹿にされたりしますが…あとステッ●とかいう魔物の顔が憎たらしい…!」
「しかしドラ●という奴は、こんなに魔物達が倒されているのに助けにこないとは魔王失格だ」
「えっ魔王なんですの、ドラ●?」
「違うのか」
「違う…と思いますけれど」
「そうか…なら僕がクリアして魔王にならねば」
「それも違いません!?」
「僕のプランクが…間違っている…と…?」
「ク、クロード様! 落ち着いて、これは感知的な問題が」
「そんな馬鹿な…僕が感知されない…」
「いえ、完璧なプランクでした! 間違っているのはコントローラーのほうです!」
「…そうか?」
「そうです。ほらわたくしも感知されな――あっ」
「…されたな、一発で」
「こ、これは運よくで」
「僕はプランク魔王になる。プランクを完璧にできるようになるまでやり続ける」
「バランス良く運動しましょう!?」
「無事か、アイリーン」
「だ、大丈夫ですわこれしきの筋肉痛ッ…!」
「僕に負荷を合わせて無茶をするから…何かほしいものは? コンビニで買ってこよう」
「クロード様がコンビニ!?」
「僕だってコンビニくらいは行ける」
「本気で仰ってますの…!?」
「…そういうことを言うなら、君をお姫様抱っこで連れて行く」
「それはちょっ…クロード様待って、わたくしが悪かったですから!」
畳む
#悪ラス
2021年Twitter初出
【リングフィットをやる竜帝夫妻】
「なんなの突然」
「魔王ご夫妻もやるんですよ、負けられません!」
「なんでまた」
「以前3日坊主で投げた作者が今回こそクリアすると頑張っていたところ23面まであると知ってネタにでもしてないとやってられないと企画したそうです」
「私情にもほどがない?」
「このドラ●って奴が悪者ですね!」
「そうかな~味方面してるリン●のほうがあやしいよ」
「え…」
「僕らを利用してるんだ…信用できない」
「陛下…任●堂様はそんなひどいゲーム作りませんよ」
「君はヨッ●ーを乗り捨てたことがないって言うの!?」
「それはプレイヤーが」
「僕は悪くない!」
「右! 左! みぎ! ひだり!」
「ジル…さっきからモモアゲアゲにその動き何」
「はい、蹴りを加えてます!」
「なんでアレンジするの!?」
「いいから陛下も一緒に、右! 左! とりゃ! そりゃ! 蹴り上げ! 回し蹴り! あれっ感知しない…」
「ちゃんとミ○リさんの言うこときいてあげて」
「リングアロー、姿勢がよくわかんないんだよね」
「狩りで弓を使う感じでやったらどうですか?」
「んーこう?」
「陛下かっこいい!」
「えっそうかな~」
「もう一回やってください!」
「え~」
「かっこいい~~!」
「ええぇ~~?」
「わたしの陛下がかっこいい~~!」
「そ、そうかな~~!?」
「陛下~このレモンの蜂蜜漬けおいしいです~!」
「摘まみ食いしない。水分とタオルはここに置いておくよ」
「はい! 今日もプレイしましょう!」
「待って、お風呂も焚いておくから。終わったら入って。服は全部洗濯ね」
「わたし、陛下と結婚してよかった~」
「そ、そんなこと言ったって…プロテイン入りの牛乳くらいしか用意しないから!」
「陛下大好き~~~~!」
「あー負けちゃいました! スムージー使えばよかったかな…」
「ボス戦以外は節約したほうがいいよ。敵の弱点とか攻撃範囲考えてスキルセットするほうが先」
「むー。でも、現実のわたしは負けてないですよ!」
「うん、でも画面の中のキャラが負けてるからね」
「ボスのドラ●だって、画面の中から出てきてくれればわたし、勝てると思うんですよ!」
「ゲームと現実の区別はつけようね」
「陛下~~プランク、姿勢を感知しません!」
「あー感知されるまでに体力使っちゃうよね」
「ちゃんとやってるのに…」
「そういうときは、太股のを外して、床に水平にするんだよ。はい、感知した」
「ずるでは…?」
「そんなことないよ。付け直して運動するんだし」
「え~でも…」
「そもそも僕のプランクを感知しないとか許されるわけないから…」
「ちゃ、ちゃんとやることが大事ですよね!」
「今日はお休みだから買い出しいくよ~ジル」
「はーい。わたしパフェ食べたいです」
「だめ。運動用のウェアいくつか買おう。帰ったら洗濯終わってるから、一緒に干そうね」
「はい! 陛下にまかせてたらばっちりですね」
「ほめてもパフェはだめ」
「甘いものは疲労回復にいいですよ。わたし、陛下と巨大パフェはんぶんこしたいな~」
「そ、そんなふうに言ってもだめ!」
「あーんってしたいな~」
「え…そ、そんなに~!?」
「したいな~あーん」
「な、なら…しょうがないかなっ」
「やったー!」
畳む
#やり竜
2021年Twitter初出
「なんなの突然」
「魔王ご夫妻もやるんですよ、負けられません!」
「なんでまた」
「以前3日坊主で投げた作者が今回こそクリアすると頑張っていたところ23面まであると知ってネタにでもしてないとやってられないと企画したそうです」
「私情にもほどがない?」
「このドラ●って奴が悪者ですね!」
「そうかな~味方面してるリン●のほうがあやしいよ」
「え…」
「僕らを利用してるんだ…信用できない」
「陛下…任●堂様はそんなひどいゲーム作りませんよ」
「君はヨッ●ーを乗り捨てたことがないって言うの!?」
「それはプレイヤーが」
「僕は悪くない!」
「右! 左! みぎ! ひだり!」
「ジル…さっきからモモアゲアゲにその動き何」
「はい、蹴りを加えてます!」
「なんでアレンジするの!?」
「いいから陛下も一緒に、右! 左! とりゃ! そりゃ! 蹴り上げ! 回し蹴り! あれっ感知しない…」
「ちゃんとミ○リさんの言うこときいてあげて」
「リングアロー、姿勢がよくわかんないんだよね」
「狩りで弓を使う感じでやったらどうですか?」
「んーこう?」
「陛下かっこいい!」
「えっそうかな~」
「もう一回やってください!」
「え~」
「かっこいい~~!」
「ええぇ~~?」
「わたしの陛下がかっこいい~~!」
「そ、そうかな~~!?」
「陛下~このレモンの蜂蜜漬けおいしいです~!」
「摘まみ食いしない。水分とタオルはここに置いておくよ」
「はい! 今日もプレイしましょう!」
「待って、お風呂も焚いておくから。終わったら入って。服は全部洗濯ね」
「わたし、陛下と結婚してよかった~」
「そ、そんなこと言ったって…プロテイン入りの牛乳くらいしか用意しないから!」
「陛下大好き~~~~!」
「あー負けちゃいました! スムージー使えばよかったかな…」
「ボス戦以外は節約したほうがいいよ。敵の弱点とか攻撃範囲考えてスキルセットするほうが先」
「むー。でも、現実のわたしは負けてないですよ!」
「うん、でも画面の中のキャラが負けてるからね」
「ボスのドラ●だって、画面の中から出てきてくれればわたし、勝てると思うんですよ!」
「ゲームと現実の区別はつけようね」
「陛下~~プランク、姿勢を感知しません!」
「あー感知されるまでに体力使っちゃうよね」
「ちゃんとやってるのに…」
「そういうときは、太股のを外して、床に水平にするんだよ。はい、感知した」
「ずるでは…?」
「そんなことないよ。付け直して運動するんだし」
「え~でも…」
「そもそも僕のプランクを感知しないとか許されるわけないから…」
「ちゃ、ちゃんとやることが大事ですよね!」
「今日はお休みだから買い出しいくよ~ジル」
「はーい。わたしパフェ食べたいです」
「だめ。運動用のウェアいくつか買おう。帰ったら洗濯終わってるから、一緒に干そうね」
「はい! 陛下にまかせてたらばっちりですね」
「ほめてもパフェはだめ」
「甘いものは疲労回復にいいですよ。わたし、陛下と巨大パフェはんぶんこしたいな~」
「そ、そんなふうに言ってもだめ!」
「あーんってしたいな~」
「え…そ、そんなに~!?」
「したいな~あーん」
「な、なら…しょうがないかなっ」
「やったー!」
畳む
#やり竜
2021年Twitter初出
『ポンパ巻き貝ハーフアップ梅雨の戦い・後編』
寝室の扉が開く音に咳払いをして、アイリーンは振り向く。
「おかえりなさいませ、クロードさ……」
咄嗟に口元を両手でふさいで噴き出さなかった自分をほめたい。
だがそのまま震えてしまうのは押さえられなかった。
昼間、アイリーンが巻き貝にした頭にさらに鳥籠を盛って現れたときから覚悟はできていた――クロードの髪型がそう、庭になるくらいは。
だが、現実は常に厳しい。
「な、なん、ですの、その髪型」
「宮殿だそうだ」
では、横髪を持ちあげて上でくくり、花で飾っているのは門。その奥、鳥籠をうまく柱にして、髪や飾りを盛って作られているのは宮殿か。
「お、重たくありませんか」
「重たい」
「湯浴みは」
「これからだ――で、はずしていいだろうか?」
クロードが頭の上を指でさして、首をかしげる。それだけでもうだめだった。寝台に突っ伏したアイリーンは全身を震わせて笑う。
「機嫌が直ったなら何よりだ」
「む、むしろクロード様、よく一日耐えて……ああ、お待ちくださいな。無理に引っ張ったら髪が傷みます」
寝台に腰かけたクロードのうしろに回り、アイリーンはそっとクロードの髪を留めているピンを抜いていく。
はらりと一房、黒い艶やかな髪が落ちた。
「……」
しばっている髪をほどくとまたさらりと髪が流れ落ちる。
「……」
花飾りを引き抜くと、さらっと前に髪が流れていった。
だんだん半眼になってきたアイリーンは無言で最後、鳥籠を取りあげた。
さらりと背中にしなやかに黒髪が落ちる。
「ありがとう。……アイリーン?」
「どうして癖のひとつもついてませんの!?」
叫んだアイリーンはクロードのうしろ髪を握る。だがさらさらだし、つやつやしているし、あれだけ塗りたくった薬も何もなかったかのように輝いている。
「許せませんわ、どういうことですか!?」
「そんなことを言われてもな」
「何が違うんです!? 実は形状記憶合金!? それとも髪の手入れ!? 何を使っておられましたクロード様!?」
「特に変わったことはしていないと思うが……」
「ないなんて言わないでください! 絶対! 何かあります! あると言ってください……!」
両手で顔を覆って懇願するアイリーンに少し考えこんだクロードは、自分の髪を見て、それからちょっと首をかしげる。
「じゃあ、確かめてみたらどうだ」
「何をです!? クロード様の天賦の才能をですか!」
「湯浴みを」
にっこりと笑われて、アイリーンはそのまま固まった。
■
「――で、今日はご機嫌なんですね? 晴れるくらいには」
「そうだな。あんなわけのわからない髪型をしただけの対価は得たからな、湯船で」
朝の珈琲を飲みながら、ゆっくり従者と語り合う。ちなみに愛らしい妻は未だ寝室だ。多分、昼まで起き上がれないだろう。
「本当に僕の妻は、いつも努力を斜め上に走らせるから可愛い」
「では、今日は私めが支度してもよろしいので?」
「ああ。寝室からこちらを恨みがましくのぞき見しているアイリーンには気づかないふりをしてくれ」
「あ、あれやっぱりのぞいてらっしゃるんですね……どうしてまた」
「夜会でお前が僕の髪をいじると毛先が曲がるだろう。何をしているのかと」
「なるほど」
櫛やら何やら取り出してきたキースは眼鏡を押し上げて、にっこり笑った。
「それは秘密ですね」
「だろうな」
畳む
#悪ラス
2020年Twitter初出
寝室の扉が開く音に咳払いをして、アイリーンは振り向く。
「おかえりなさいませ、クロードさ……」
咄嗟に口元を両手でふさいで噴き出さなかった自分をほめたい。
だがそのまま震えてしまうのは押さえられなかった。
昼間、アイリーンが巻き貝にした頭にさらに鳥籠を盛って現れたときから覚悟はできていた――クロードの髪型がそう、庭になるくらいは。
だが、現実は常に厳しい。
「な、なん、ですの、その髪型」
「宮殿だそうだ」
では、横髪を持ちあげて上でくくり、花で飾っているのは門。その奥、鳥籠をうまく柱にして、髪や飾りを盛って作られているのは宮殿か。
「お、重たくありませんか」
「重たい」
「湯浴みは」
「これからだ――で、はずしていいだろうか?」
クロードが頭の上を指でさして、首をかしげる。それだけでもうだめだった。寝台に突っ伏したアイリーンは全身を震わせて笑う。
「機嫌が直ったなら何よりだ」
「む、むしろクロード様、よく一日耐えて……ああ、お待ちくださいな。無理に引っ張ったら髪が傷みます」
寝台に腰かけたクロードのうしろに回り、アイリーンはそっとクロードの髪を留めているピンを抜いていく。
はらりと一房、黒い艶やかな髪が落ちた。
「……」
しばっている髪をほどくとまたさらりと髪が流れ落ちる。
「……」
花飾りを引き抜くと、さらっと前に髪が流れていった。
だんだん半眼になってきたアイリーンは無言で最後、鳥籠を取りあげた。
さらりと背中にしなやかに黒髪が落ちる。
「ありがとう。……アイリーン?」
「どうして癖のひとつもついてませんの!?」
叫んだアイリーンはクロードのうしろ髪を握る。だがさらさらだし、つやつやしているし、あれだけ塗りたくった薬も何もなかったかのように輝いている。
「許せませんわ、どういうことですか!?」
「そんなことを言われてもな」
「何が違うんです!? 実は形状記憶合金!? それとも髪の手入れ!? 何を使っておられましたクロード様!?」
「特に変わったことはしていないと思うが……」
「ないなんて言わないでください! 絶対! 何かあります! あると言ってください……!」
両手で顔を覆って懇願するアイリーンに少し考えこんだクロードは、自分の髪を見て、それからちょっと首をかしげる。
「じゃあ、確かめてみたらどうだ」
「何をです!? クロード様の天賦の才能をですか!」
「湯浴みを」
にっこりと笑われて、アイリーンはそのまま固まった。
■
「――で、今日はご機嫌なんですね? 晴れるくらいには」
「そうだな。あんなわけのわからない髪型をしただけの対価は得たからな、湯船で」
朝の珈琲を飲みながら、ゆっくり従者と語り合う。ちなみに愛らしい妻は未だ寝室だ。多分、昼まで起き上がれないだろう。
「本当に僕の妻は、いつも努力を斜め上に走らせるから可愛い」
「では、今日は私めが支度してもよろしいので?」
「ああ。寝室からこちらを恨みがましくのぞき見しているアイリーンには気づかないふりをしてくれ」
「あ、あれやっぱりのぞいてらっしゃるんですね……どうしてまた」
「夜会でお前が僕の髪をいじると毛先が曲がるだろう。何をしているのかと」
「なるほど」
櫛やら何やら取り出してきたキースは眼鏡を押し上げて、にっこり笑った。
「それは秘密ですね」
「だろうな」
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#悪ラス
2020年Twitter初出
『ポンパ巻き貝ハーフアップ梅雨の戦い・前編』
魔王様のご機嫌に関係なく、雨が降る季節になった。
鏡台の前に櫛を置いて、アイリーンは嘆息する。するとソファに座り、執務前の休憩、食後の珈琲を飲んでいたクロードがまばたいた。
「どうした、アイリーン。何か気鬱なことでも?」
「いえ、髪が……こう、なんていえばよろしいのか……ぼわっとしてしまうのが気になって気になって」
レイチェルたち侍女達とも毎朝悪戦苦闘するのだが、どうしても今時期は湿気で髪が膨らみがちだ。
「結んでしまえばいいんですけれども……」
髪先をいじりながら、アイリーンは嘆息する。立ちあがったクロードがわざわざ背後から小首を傾げて覗きこんできた。さらりと湿気も何も関係ない、艶やかな髪が目の前に流れる。
「髪型のひとつやふたつ気にせずとも、君はいつも可愛い」
甘くささやく夫に、アイリーンは笑顔を返す。
「クロード様に言われると腹が立つので控えていただけますか」
「……手厳しいな」
「こんなつやつやの髪をなさって、そんなことをおっしゃるからです。どれだけわたくしが苦労してると思いますの」
ぐいぐいと遠慮なくクロードの髪をひっぱると、クロードが顔をしかめた。
「わかった、配慮に欠ける発言だった」
「認められても腹が立ちますわね」
「どうしろと」
「どうもこうもありません」
羨んだところでクロードの雨にも風にも湿気にも負けない髪が手に入るわけではない――と言おうとして、アイリーンは口をつぐむ。
いいことを思いついた。
「……なんなんですか、我が主。その髪型」
「よくわからないが今日一日この髪型でいろと言われた」
頭の上に巻き貝のようにねじり上げて作られた髪型が重い。ぐるぐる渦をまいた髪の間に花飾りまで散りばめられて、なんだか肩が凝る。
「髪が爆発する苦労を知れと言われた」
「なんかそれ、違いません?」
「僕もそう思うんだが、妻がご機嫌になったのでまあいいかと」
キースが呆れて雨の降る窓の外を見る。
「今日も平和でいいですねえ」
「まったくだ」
畳む
#悪ラス
2020年Twitter初出
魔王様のご機嫌に関係なく、雨が降る季節になった。
鏡台の前に櫛を置いて、アイリーンは嘆息する。するとソファに座り、執務前の休憩、食後の珈琲を飲んでいたクロードがまばたいた。
「どうした、アイリーン。何か気鬱なことでも?」
「いえ、髪が……こう、なんていえばよろしいのか……ぼわっとしてしまうのが気になって気になって」
レイチェルたち侍女達とも毎朝悪戦苦闘するのだが、どうしても今時期は湿気で髪が膨らみがちだ。
「結んでしまえばいいんですけれども……」
髪先をいじりながら、アイリーンは嘆息する。立ちあがったクロードがわざわざ背後から小首を傾げて覗きこんできた。さらりと湿気も何も関係ない、艶やかな髪が目の前に流れる。
「髪型のひとつやふたつ気にせずとも、君はいつも可愛い」
甘くささやく夫に、アイリーンは笑顔を返す。
「クロード様に言われると腹が立つので控えていただけますか」
「……手厳しいな」
「こんなつやつやの髪をなさって、そんなことをおっしゃるからです。どれだけわたくしが苦労してると思いますの」
ぐいぐいと遠慮なくクロードの髪をひっぱると、クロードが顔をしかめた。
「わかった、配慮に欠ける発言だった」
「認められても腹が立ちますわね」
「どうしろと」
「どうもこうもありません」
羨んだところでクロードの雨にも風にも湿気にも負けない髪が手に入るわけではない――と言おうとして、アイリーンは口をつぐむ。
いいことを思いついた。
「……なんなんですか、我が主。その髪型」
「よくわからないが今日一日この髪型でいろと言われた」
頭の上に巻き貝のようにねじり上げて作られた髪型が重い。ぐるぐる渦をまいた髪の間に花飾りまで散りばめられて、なんだか肩が凝る。
「髪が爆発する苦労を知れと言われた」
「なんかそれ、違いません?」
「僕もそう思うんだが、妻がご機嫌になったのでまあいいかと」
キースが呆れて雨の降る窓の外を見る。
「今日も平和でいいですねえ」
「まったくだ」
畳む
#悪ラス
2020年Twitter初出
『魔王と竜帝でチョコを作れと言われたので』
「クロスオーバーはこの間限りじゃなかったのか」
「今度はバレンタイン企画だそうだよ。僕と君で一緒にバレンタインのチョコを作ってみてほしいってリクエストがあったらしい」
三角巾にきっちり髪を入れてまとめ、エプロンをつけて、ロリコンもといハディスが答える。
「君は作ったことないだろう、チョコ。だから僕が君に作り方を教えるよ」
従者に三角巾とエプロンをつけられ髪もひとまとめにさせられて、突然厨房に放りこまれたクロードは、眉をひそめた。
「君が、僕に?」
「大丈夫だ、そんな顔しなくても。ジルが僕に頑張ってって言ってくれたから、ちゃんと食べられるものを教えるよ。それに、僕、嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「こんなふうに誰かと一緒に作るなんて、友達みたいじゃないか」
にこにこするハディスに、クロードは胡乱な眼差しを向ける。
魔王の自分が言えた義理ではないが、すさまじく胡散臭い。
(バアルと作るほうがまだマシだ)
とついうっかり思ってしまったのも悔しいので、そうかと頷くだけにとどめる。
「まあ、頼む。アイリーンに変なものを食べさせるわけにはいかない」
「うん、まかせてくれ。ということで、君の材料はこれ」
そっとハディスが床から木箱を取り出した。中から出てきたのは包装されたチョコレートだった。板チョコだ。
焦げ茶の包装紙部分には『m●iji』と書いてある。
「……」
「適当なサイズに折って、ボウルに入れて、違うボウルに熱湯を入れて、そこにチョコの入ったボウルを浮かせて、油と分離しないようゆっくりとかして、それをそこにある好きな型に入れて、冷蔵庫に冷やしておわり。食べられるものはできる」
「…………」
「最終手段としては、これをラッピングし直して渡せばいいと思う。じゃあ頑張って」
「実は教える気がまったくないな?」
真顔で問うと、ふとハディスが目元を緩めた。
「僕、こういう台詞を他人に言える日がくると思ってなかったんだけど――君は顔がいいんだからチョコなんかどうでもよくない?」
ハディスの得体の知れない笑みにつられたように、クロードの口角もあがる。
「言われ慣れた台詞だが、君に言われるとすさまじく腹が立つな。なんというか、お前が言えたことかという気分になった」
「僕には君ほどの卑猥さはないと思う」
どこかで派手に雷が落ちたが、ハディスは気にする素振りもなくにこにこ笑ったままだ。
この男、絶対ろくでもない。
確信したクロードは、できるだけさわやかに問いかけた。
「ならあれか。君は可愛い系でも狙ってるのか、その全力で胡散臭い笑顔で」
「心外だな。僕はただのイケメンだよ」
「さすが、通報皇帝だの嫁だの中身が幼女だの言われているキャラは言うことが違うな」
「ははは、ヒロイン扱いされてヒーローに戻れない君からの忠告、痛み入るよ。サービスショットを求められて大変だね」
「三分クッ●ングのシルエットをつけたら笑いを取れそうな君には負ける」
「そんな話聞いてないよ、やる予定がどこに!?」
「そして最終的には必ず君も全裸にさせられるんだ……! 僕なんてコミカライズでも全裸になったんだぞ!」
「――この話、やめないか?」
眉をひそめたハディスに、クロードも遠い目になる。
「そうだな」
「真面目な話、君はほとんど料理をしたことがないんだろう。なら、市販のチョコを湯煎して溶かすだけでも立派な手作りだ。テンパリングだって初めてだろう? 大半の女の子の手作りだって、市販のチョコを使ってアレンジしてるんだし」
その言葉に嘘はなさそうだったので、クロードは『m●iji』と書かれた板チョコを手に取って嘆息する。
「まあ、それもそうか。じゃあ君も使うのか、これ?」
「僕はカカオから作るよ? お嫁さんにあげるんだぞ。手抜きなんてできない」
「……」
「再来年くらいは僕が栽培したカカオ豆で作ったチョコをジルにあげたい」
それはさすがにちょっと引くと思ったが、ハディスは真剣である。
馬鹿にするにも、ハディスは一回り近く年下なのだ。邪魔するのも大人げないと、クロードは引き下がることにした。
「わかった。頑張るといい。僕とアイリーンはもう身も心も夫婦だ。続編でまた引っかき回されるだろう君達と違って平和な未来しかない」
「なんだ君、知らないのか」
「何をだ?」
「ちょうど今、作者がとりあえずプロットとかいうのを作ろうとして」
なんのなどと愚問は聞かずに、クロードは転移した。
■
熱湯をぶっかけられてチョコ水と化したものを見せられて、アイリーンは方針転換を決意した。
「ジル様。うちのオベロン商会からバレンタイン商品は多数出ておりますわ。そこで選びましょう!」
「やっぱりそうなりますよね……」
「手作りじゃないの?なんていう男性などぶん殴って更生すべきです!」
「でも陛下は本気の手作りを持ってくるから、少しくらいわたしも……」
「なら余計、うちの商品を召し上がっていただくのはいい案ですわよ。ぜひハディス様のご意見も伺いたいですし、ハディス様の今後のお菓子作りも役立てると思いますの!」
「た、確かに。陛下も喜びそう……」
「アイリーン!!」
突如としてわって入った夫の声に、アイリーンは目をまばたく。
本日はバレンタイン企画。メインはヒーローふたりのチョコ作りである。その裏で、アイリーンはバレンタインくらいハディスにチョコを贈りたい、というジルの相談にのっていたのだが。
「どうなさいましたの、クロード様」
「ひょっとして陛下に何かありましたか!?」
「いや違う。違うんだが、逃げようアイリーン」
「はい?」
首をかしげている間に横に抱きあげられた。ジルの前だ。少女のきょとんとした眼差しがいたたまれず、アイリーンは赤くなる。
「ちょっとクロード様! ジル様の前で、はしたない」
「ついうっかりクロスオーバーとか言って、現在進行形で本編があるところと関わったのが間違いだった」
「いったいなんの話ですの。落ち着いて説明してくださいな」
「作者がプロットを作ろうとしているらしい」
「逃げましょう!」
なんのかを聞きたくないアイリーンは即断する。
「ジル様、失礼致しますわね! どうかお幸せに!」
「えっあ、はい……?」
「バレンタインのチョコは買ったほうがよろしいですわよ!」
その忠告だけは忘れずに届ける。頷いたジルにほっとして、アイリーンは夫の転移に身を任せた。
なんだったんだろう。首をかしげたジルの背後から、影が差す。
「陛下!」
「あっちは帰ったのか?」
「みたいです。なんだったんでしょう……?」
「続編が嫌なんじゃないか」
そういうものか。曖昧に頷いたジルを、ハディスが片腕で抱きあげる。
「君は嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないですよ。わたしは陛下をいっぱいしあわせにしなきゃいけないんですから!」
胸をはったジルはたくましいお嫁さんだ。
(だがあの嫌がりよう。相当面倒なことばかりこなしてきたんだろうな……)
そう思うと先が思いやられる。だがハディスは微笑んだ。
「じゃあ僕は頑張って君にチョコレートを作らないとな」
ぱっと顔を輝かせたジルが成長するのにも、続編がいる。
なのでハディスは立ち向かうしかないのだ。
(終)
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#悪ラス #やり竜
2020年プライベッター初出
バレンタイン企画クロスオーバーSS
「クロスオーバーはこの間限りじゃなかったのか」
「今度はバレンタイン企画だそうだよ。僕と君で一緒にバレンタインのチョコを作ってみてほしいってリクエストがあったらしい」
三角巾にきっちり髪を入れてまとめ、エプロンをつけて、ロリコンもといハディスが答える。
「君は作ったことないだろう、チョコ。だから僕が君に作り方を教えるよ」
従者に三角巾とエプロンをつけられ髪もひとまとめにさせられて、突然厨房に放りこまれたクロードは、眉をひそめた。
「君が、僕に?」
「大丈夫だ、そんな顔しなくても。ジルが僕に頑張ってって言ってくれたから、ちゃんと食べられるものを教えるよ。それに、僕、嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「こんなふうに誰かと一緒に作るなんて、友達みたいじゃないか」
にこにこするハディスに、クロードは胡乱な眼差しを向ける。
魔王の自分が言えた義理ではないが、すさまじく胡散臭い。
(バアルと作るほうがまだマシだ)
とついうっかり思ってしまったのも悔しいので、そうかと頷くだけにとどめる。
「まあ、頼む。アイリーンに変なものを食べさせるわけにはいかない」
「うん、まかせてくれ。ということで、君の材料はこれ」
そっとハディスが床から木箱を取り出した。中から出てきたのは包装されたチョコレートだった。板チョコだ。
焦げ茶の包装紙部分には『m●iji』と書いてある。
「……」
「適当なサイズに折って、ボウルに入れて、違うボウルに熱湯を入れて、そこにチョコの入ったボウルを浮かせて、油と分離しないようゆっくりとかして、それをそこにある好きな型に入れて、冷蔵庫に冷やしておわり。食べられるものはできる」
「…………」
「最終手段としては、これをラッピングし直して渡せばいいと思う。じゃあ頑張って」
「実は教える気がまったくないな?」
真顔で問うと、ふとハディスが目元を緩めた。
「僕、こういう台詞を他人に言える日がくると思ってなかったんだけど――君は顔がいいんだからチョコなんかどうでもよくない?」
ハディスの得体の知れない笑みにつられたように、クロードの口角もあがる。
「言われ慣れた台詞だが、君に言われるとすさまじく腹が立つな。なんというか、お前が言えたことかという気分になった」
「僕には君ほどの卑猥さはないと思う」
どこかで派手に雷が落ちたが、ハディスは気にする素振りもなくにこにこ笑ったままだ。
この男、絶対ろくでもない。
確信したクロードは、できるだけさわやかに問いかけた。
「ならあれか。君は可愛い系でも狙ってるのか、その全力で胡散臭い笑顔で」
「心外だな。僕はただのイケメンだよ」
「さすが、通報皇帝だの嫁だの中身が幼女だの言われているキャラは言うことが違うな」
「ははは、ヒロイン扱いされてヒーローに戻れない君からの忠告、痛み入るよ。サービスショットを求められて大変だね」
「三分クッ●ングのシルエットをつけたら笑いを取れそうな君には負ける」
「そんな話聞いてないよ、やる予定がどこに!?」
「そして最終的には必ず君も全裸にさせられるんだ……! 僕なんてコミカライズでも全裸になったんだぞ!」
「――この話、やめないか?」
眉をひそめたハディスに、クロードも遠い目になる。
「そうだな」
「真面目な話、君はほとんど料理をしたことがないんだろう。なら、市販のチョコを湯煎して溶かすだけでも立派な手作りだ。テンパリングだって初めてだろう? 大半の女の子の手作りだって、市販のチョコを使ってアレンジしてるんだし」
その言葉に嘘はなさそうだったので、クロードは『m●iji』と書かれた板チョコを手に取って嘆息する。
「まあ、それもそうか。じゃあ君も使うのか、これ?」
「僕はカカオから作るよ? お嫁さんにあげるんだぞ。手抜きなんてできない」
「……」
「再来年くらいは僕が栽培したカカオ豆で作ったチョコをジルにあげたい」
それはさすがにちょっと引くと思ったが、ハディスは真剣である。
馬鹿にするにも、ハディスは一回り近く年下なのだ。邪魔するのも大人げないと、クロードは引き下がることにした。
「わかった。頑張るといい。僕とアイリーンはもう身も心も夫婦だ。続編でまた引っかき回されるだろう君達と違って平和な未来しかない」
「なんだ君、知らないのか」
「何をだ?」
「ちょうど今、作者がとりあえずプロットとかいうのを作ろうとして」
なんのなどと愚問は聞かずに、クロードは転移した。
■
熱湯をぶっかけられてチョコ水と化したものを見せられて、アイリーンは方針転換を決意した。
「ジル様。うちのオベロン商会からバレンタイン商品は多数出ておりますわ。そこで選びましょう!」
「やっぱりそうなりますよね……」
「手作りじゃないの?なんていう男性などぶん殴って更生すべきです!」
「でも陛下は本気の手作りを持ってくるから、少しくらいわたしも……」
「なら余計、うちの商品を召し上がっていただくのはいい案ですわよ。ぜひハディス様のご意見も伺いたいですし、ハディス様の今後のお菓子作りも役立てると思いますの!」
「た、確かに。陛下も喜びそう……」
「アイリーン!!」
突如としてわって入った夫の声に、アイリーンは目をまばたく。
本日はバレンタイン企画。メインはヒーローふたりのチョコ作りである。その裏で、アイリーンはバレンタインくらいハディスにチョコを贈りたい、というジルの相談にのっていたのだが。
「どうなさいましたの、クロード様」
「ひょっとして陛下に何かありましたか!?」
「いや違う。違うんだが、逃げようアイリーン」
「はい?」
首をかしげている間に横に抱きあげられた。ジルの前だ。少女のきょとんとした眼差しがいたたまれず、アイリーンは赤くなる。
「ちょっとクロード様! ジル様の前で、はしたない」
「ついうっかりクロスオーバーとか言って、現在進行形で本編があるところと関わったのが間違いだった」
「いったいなんの話ですの。落ち着いて説明してくださいな」
「作者がプロットを作ろうとしているらしい」
「逃げましょう!」
なんのかを聞きたくないアイリーンは即断する。
「ジル様、失礼致しますわね! どうかお幸せに!」
「えっあ、はい……?」
「バレンタインのチョコは買ったほうがよろしいですわよ!」
その忠告だけは忘れずに届ける。頷いたジルにほっとして、アイリーンは夫の転移に身を任せた。
なんだったんだろう。首をかしげたジルの背後から、影が差す。
「陛下!」
「あっちは帰ったのか?」
「みたいです。なんだったんでしょう……?」
「続編が嫌なんじゃないか」
そういうものか。曖昧に頷いたジルを、ハディスが片腕で抱きあげる。
「君は嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないですよ。わたしは陛下をいっぱいしあわせにしなきゃいけないんですから!」
胸をはったジルはたくましいお嫁さんだ。
(だがあの嫌がりよう。相当面倒なことばかりこなしてきたんだろうな……)
そう思うと先が思いやられる。だがハディスは微笑んだ。
「じゃあ僕は頑張って君にチョコレートを作らないとな」
ぱっと顔を輝かせたジルが成長するのにも、続編がいる。
なのでハディスは立ち向かうしかないのだ。
(終)
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#悪ラス #やり竜
2020年プライベッター初出
バレンタイン企画クロスオーバーSS
『魔王様は魔道士を待っている』
キースとレイチェルに案内された廊下の光景に、アイリーンは頬を引きつらせた。
「……何をなさってますの」
「エレファスの帰りを待っている」
古城にあるエレファスの私室の扉前に魔王が三角座りをしている。その両隣に、護衛のウォルトとカイルまで同じ格好で座っていた。
「今日で休暇終わりなのに、あいつまだ帰ってこないとか! そんなに嫁さんがいいか、そうか! あーうらやましい!」
「ひどい裏切りだ。僕が待ってるのに、許せない」
「クロード様はともかく、お前のはひがみだろうが、ウォルト……」
「と言いながらあなたまで座りこんでいるのはどういうことなの、カイル」
「全員、エレファスさんが戻ってこなかったらどうしようって不安なんですよ」
キースだけが冷静にアイリーンに向けて説明する。
「こーなったら明日の朝、あいつの出勤時間までここで座って待ちましょうねクロード様!」
「そうだな。思い知らせてやる。僕がこんなに寒い思いをして廊下で待ってるんだと」
「それはさすがに……きっともうすぐ戻ってくる……」
「はーー? 今、もう夜中ですけどおぉ?? 戻ってくるわけねーだろ今頃嫁さんといちゃいちゃしてんだ、朝に戻ってくるつもりだぞ転移できるからって! あー!」
ウォルトが投げ出した両脚をばたばたさせる。クロードが赤い瞳を細めた。
「僕より妻がいいなんて、エレファスは浮気者だ」
「あー男の友情とかはかなーーい」
「仕事だ、戻ってくる。あいつは真面目な……いや裏切りが十八番だが」
「我が主。あなたの愛する奥様が迎えにきてるんですよ、寝室で休んでください」
嘆息と一緒にクロードの前でキースが仁王立ちした。
「アイリーン様が迎えにきたらちゃんと寝るって私めと約束しましたね?」
ここに案内された理由がわかった。ちらとアイリーンを見たクロードは恨みがましく言う。
「僕の妻は、聖王と正妃の仲裁で、今夜はまた戻らないと聞いたが」
「ええ。ですので私めが頭をさげてお連れしたんですよ」
「お前が呼ぶときてくれるのはどういうことだ?」
「日頃の行いです。変なからみ方しないでくださいよ」
「寝室に戻ったって、またアイリーンは出て行くんだろう」
「それは主の態度次第ですよ」
「エレファスも戻ってきてくれないかもしれない」
そこで妻である自分とエレファスが並ぶのはどういうことだ。――と思ったが、エレファスの休暇中、ずっとそわそわしていたことを思うと怒れなかった。
エレファスは故郷のためにクロードにつかえたのだ。その意味をちゃんとクロードは理解している。故郷のためなら平気で裏切るエレファスごと、受け入れている。
「ゼームスだって、遠くに行ってしまう」
完全に思考が落下方向にあるらしく、どんどんクロードが沈んでいく。
キースが眉をよせて、大きな息を吐き出した。
「わかりました、わーかーりーまーしーたー! エレファスさんとゼームスさんが主を裏切るような真似をしたら、私めがきちんとレヴィ一族とミルチェッタ公国を滅ぼす手配をしますので、元気を出してくださいクロード様」
「わかった、それならいい」
「ちょっそんな約束、安易になさらないでくださいませ!」
キースが約束してクロードが了承すると冗談にならない。
中腰になったクロードが、アイリーンが思わずあげた声に振り向いた。
「大丈夫だ」
「なんに対しての大丈夫ですの、それは」
「君に心配をかけることはない、ということだ。女子会とやらに戻るといい。ウォルト、カイル。お前達ももう休むように」
はぁい、と雑な返事でウォルトが立ちあがり、嘆息と一緒にカイルもそれに続く。
「古城で休まれますか、我が主。それとも皇城で?」
「そうだな……」
「アイリーン様。おわかりですよね?」
背後からレイチェルにささやかれた。振り向かなくても、優秀な侍女の圧はここまで届く。
わかっているとばかりに、アイリーンはわざとらしく咳払いをした。
「わ、わかっているわ。ロクサネ様はバアル様とお話したほうがいいでしょうし。あとはまかせていいわね、レイチェル?」
「もちろんです、そのように」
「クロード様。古城でお休みしましょう。わたくしも参りますわ」
ぱちりとまばたいたクロードに、やや目線をそむけながらアイリーンは続ける。
「しかたがないから、慰めてさしあげます。……さみしがり屋なんですから、クロード様は」
「……そうか」
ふわっとクロードが嬉しそうに笑う。
ああ、この人は本当に表情が豊かになってきた。
きっとアイリーンひとりだけでは成し遂げられなかったことなのだろう。でも、悔しくは思うまい。
「不思議だな。君がそばにいるとさみしくない」
「当然でしょう。わたくし、あなたの妻ですもの。エレファスと一緒にしてもらっては困りますわ」
ふんとそっぽを向くと、クロードが甘えるように腰に手を回してきた。
「それは、失礼した。ご機嫌をとらなくてはならないな」
「えっ……」
「実はがっついていると言われて、とても傷ついていたんだ」
慰めてくれるだろう?
そうにっこり笑ったクロードの腕からの逃亡は、妻として許されない。
■
「……で? なんで休暇明けの俺の仕事が、寝室の扉をあけることなんです!?」
「お前のせいだからだよ」
「部屋の前で一夜をあかさずにすんだのはアイリの……皇后陛下の犠牲のおかげだ」
「というわけではい、頑張ってくださいねエレファスさん」
ウォルトとカイル、とどめにキースにまで見捨てられたエレファスは、皇帝夫妻の寝室前で呆然とする。
固くクロードの魔力で閉ざされたこの扉をあけるとか、休暇明け早々なんの嫌がらせだ。
レイチェルまでキース達と一緒にうしろにさがって、完全に見守る体勢だ。
(ええー……いや、こっちに戻ったら三角座りのクロード様が俺の部屋の前にいるとか恐怖だけど)
ちらと見た窓の外は快晴。魔王様は本日もご機嫌だ。昨夜は吹雪だったそうだが。
「あー……クロード様、ただいま戻りました。エレファスです」
「……」
扉の向こうの沈黙が、なんだか冷たい。
嘆息したエレファスは、苦笑いで話を続ける。自分でつかえると決めた、主に。
「今日からまたこちらで暮らします。週末は、故郷に戻りますが。宜しくお願いします」
「……」
「国も、家族もいただきました。だから俺はあなたに尽くしますよ。まあキース様ほどは無理ですが!」
「名指ししないでもらえます?」
「ネイファさん……妻も、了承済みです。むしろそれでいいと。その証、というほどではないですが。妻からこれをクロード様にと渡されました」
そっとエレファスはネイファに持たされたお土産を袋から出す。
賄賂だ、さすが世渡り魔道士、などという単語が背後で聞こえたが、気にしない。
「試作品だそうです。手で持てる小型の写真機だそうで、アイリーン様の写真が撮れますよ」
ばあん、と派手な音を立てて扉が開いた。成功だ。
エレファスの背後で拍手が鳴った。
その後、ご機嫌で小型の写真機を持って皇城をうろつきまわる皇帝の姿が散見されたエルメイア皇国は、今のところ平和である。
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#悪ラス
2020年プライベッター初出
『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』既刊重版御礼小説
キースとレイチェルに案内された廊下の光景に、アイリーンは頬を引きつらせた。
「……何をなさってますの」
「エレファスの帰りを待っている」
古城にあるエレファスの私室の扉前に魔王が三角座りをしている。その両隣に、護衛のウォルトとカイルまで同じ格好で座っていた。
「今日で休暇終わりなのに、あいつまだ帰ってこないとか! そんなに嫁さんがいいか、そうか! あーうらやましい!」
「ひどい裏切りだ。僕が待ってるのに、許せない」
「クロード様はともかく、お前のはひがみだろうが、ウォルト……」
「と言いながらあなたまで座りこんでいるのはどういうことなの、カイル」
「全員、エレファスさんが戻ってこなかったらどうしようって不安なんですよ」
キースだけが冷静にアイリーンに向けて説明する。
「こーなったら明日の朝、あいつの出勤時間までここで座って待ちましょうねクロード様!」
「そうだな。思い知らせてやる。僕がこんなに寒い思いをして廊下で待ってるんだと」
「それはさすがに……きっともうすぐ戻ってくる……」
「はーー? 今、もう夜中ですけどおぉ?? 戻ってくるわけねーだろ今頃嫁さんといちゃいちゃしてんだ、朝に戻ってくるつもりだぞ転移できるからって! あー!」
ウォルトが投げ出した両脚をばたばたさせる。クロードが赤い瞳を細めた。
「僕より妻がいいなんて、エレファスは浮気者だ」
「あー男の友情とかはかなーーい」
「仕事だ、戻ってくる。あいつは真面目な……いや裏切りが十八番だが」
「我が主。あなたの愛する奥様が迎えにきてるんですよ、寝室で休んでください」
嘆息と一緒にクロードの前でキースが仁王立ちした。
「アイリーン様が迎えにきたらちゃんと寝るって私めと約束しましたね?」
ここに案内された理由がわかった。ちらとアイリーンを見たクロードは恨みがましく言う。
「僕の妻は、聖王と正妃の仲裁で、今夜はまた戻らないと聞いたが」
「ええ。ですので私めが頭をさげてお連れしたんですよ」
「お前が呼ぶときてくれるのはどういうことだ?」
「日頃の行いです。変なからみ方しないでくださいよ」
「寝室に戻ったって、またアイリーンは出て行くんだろう」
「それは主の態度次第ですよ」
「エレファスも戻ってきてくれないかもしれない」
そこで妻である自分とエレファスが並ぶのはどういうことだ。――と思ったが、エレファスの休暇中、ずっとそわそわしていたことを思うと怒れなかった。
エレファスは故郷のためにクロードにつかえたのだ。その意味をちゃんとクロードは理解している。故郷のためなら平気で裏切るエレファスごと、受け入れている。
「ゼームスだって、遠くに行ってしまう」
完全に思考が落下方向にあるらしく、どんどんクロードが沈んでいく。
キースが眉をよせて、大きな息を吐き出した。
「わかりました、わーかーりーまーしーたー! エレファスさんとゼームスさんが主を裏切るような真似をしたら、私めがきちんとレヴィ一族とミルチェッタ公国を滅ぼす手配をしますので、元気を出してくださいクロード様」
「わかった、それならいい」
「ちょっそんな約束、安易になさらないでくださいませ!」
キースが約束してクロードが了承すると冗談にならない。
中腰になったクロードが、アイリーンが思わずあげた声に振り向いた。
「大丈夫だ」
「なんに対しての大丈夫ですの、それは」
「君に心配をかけることはない、ということだ。女子会とやらに戻るといい。ウォルト、カイル。お前達ももう休むように」
はぁい、と雑な返事でウォルトが立ちあがり、嘆息と一緒にカイルもそれに続く。
「古城で休まれますか、我が主。それとも皇城で?」
「そうだな……」
「アイリーン様。おわかりですよね?」
背後からレイチェルにささやかれた。振り向かなくても、優秀な侍女の圧はここまで届く。
わかっているとばかりに、アイリーンはわざとらしく咳払いをした。
「わ、わかっているわ。ロクサネ様はバアル様とお話したほうがいいでしょうし。あとはまかせていいわね、レイチェル?」
「もちろんです、そのように」
「クロード様。古城でお休みしましょう。わたくしも参りますわ」
ぱちりとまばたいたクロードに、やや目線をそむけながらアイリーンは続ける。
「しかたがないから、慰めてさしあげます。……さみしがり屋なんですから、クロード様は」
「……そうか」
ふわっとクロードが嬉しそうに笑う。
ああ、この人は本当に表情が豊かになってきた。
きっとアイリーンひとりだけでは成し遂げられなかったことなのだろう。でも、悔しくは思うまい。
「不思議だな。君がそばにいるとさみしくない」
「当然でしょう。わたくし、あなたの妻ですもの。エレファスと一緒にしてもらっては困りますわ」
ふんとそっぽを向くと、クロードが甘えるように腰に手を回してきた。
「それは、失礼した。ご機嫌をとらなくてはならないな」
「えっ……」
「実はがっついていると言われて、とても傷ついていたんだ」
慰めてくれるだろう?
そうにっこり笑ったクロードの腕からの逃亡は、妻として許されない。
■
「……で? なんで休暇明けの俺の仕事が、寝室の扉をあけることなんです!?」
「お前のせいだからだよ」
「部屋の前で一夜をあかさずにすんだのはアイリの……皇后陛下の犠牲のおかげだ」
「というわけではい、頑張ってくださいねエレファスさん」
ウォルトとカイル、とどめにキースにまで見捨てられたエレファスは、皇帝夫妻の寝室前で呆然とする。
固くクロードの魔力で閉ざされたこの扉をあけるとか、休暇明け早々なんの嫌がらせだ。
レイチェルまでキース達と一緒にうしろにさがって、完全に見守る体勢だ。
(ええー……いや、こっちに戻ったら三角座りのクロード様が俺の部屋の前にいるとか恐怖だけど)
ちらと見た窓の外は快晴。魔王様は本日もご機嫌だ。昨夜は吹雪だったそうだが。
「あー……クロード様、ただいま戻りました。エレファスです」
「……」
扉の向こうの沈黙が、なんだか冷たい。
嘆息したエレファスは、苦笑いで話を続ける。自分でつかえると決めた、主に。
「今日からまたこちらで暮らします。週末は、故郷に戻りますが。宜しくお願いします」
「……」
「国も、家族もいただきました。だから俺はあなたに尽くしますよ。まあキース様ほどは無理ですが!」
「名指ししないでもらえます?」
「ネイファさん……妻も、了承済みです。むしろそれでいいと。その証、というほどではないですが。妻からこれをクロード様にと渡されました」
そっとエレファスはネイファに持たされたお土産を袋から出す。
賄賂だ、さすが世渡り魔道士、などという単語が背後で聞こえたが、気にしない。
「試作品だそうです。手で持てる小型の写真機だそうで、アイリーン様の写真が撮れますよ」
ばあん、と派手な音を立てて扉が開いた。成功だ。
エレファスの背後で拍手が鳴った。
その後、ご機嫌で小型の写真機を持って皇城をうろつきまわる皇帝の姿が散見されたエルメイア皇国は、今のところ平和である。
畳む
#悪ラス
2020年プライベッター初出
『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』既刊重版御礼小説
『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(5)』
あれほどのぞんだ扉がやっと開く。開扉を祝福するようなまぶしい光に、クロードは目を細めた。
やっとだ。
『白ザラメとグラニュー糖、精製度が高いのはどっち?』とか『焼き魚を作るとき塩を振るタイミングはいつ?』とかひたすら料理に関する問題が出てきたが、クロードもジルも家事能力がてんでないことが判明しただけだった。しかも途中から『調味料にはさしすせそとあるが、せはなに?』とか出てきた。さしすせそってそもそもなんだ。世界観無視しすぎじゃないのか。ラーヴェ帝国にはあるとでもいうのか、特に後半のすせそ。
とにもかくも当てずっぽうで見事にはずれ続け、脱ぎ続け、やっとたどり着いた妻の居場所では――。
「ということで、僕はあまり第二部に乗り気ではないんだ。絶対ひどい目にあう」
「そうですわねえ……大体この作者の傾向からいってヒーローはろくでもない目にしかあいませんもの。わたくしも散々、苦労させられて――あっ」
優雅にお茶をしていた誘拐犯と被害者がこちらにやっと気づいた。
「ク、クロード様! ああ、きてくださったのですね……! ハディス様、何かこう、適当にお願いします」
「あ。そうだ縄だった、それとも鎖かな。どっちがいい?」
「どっちでもいいですから早く!」
「おふたりとも! 何をしてるんですかっ……いい加減にしてください! クロード様が……っクロード様がこんな、あられもない姿になったのに!」
※地の文省略※
※お好きな姿を各自ご想像ください※
「陛下、せめてマントをクロード様に貸してさしあげてください……!」
「え、でも僕は今、悪者だぞ」
「でもクロード様、わたしが脱ぐの止めてくれたんですよ!?」
「君は脱いだら駄目に決まってるだろう!? 彼が脱ぐのとわけが違う! 彼は脱ぐ、君は脱がない、僕も脱がない!」
「ご自分をちゃっかりはずしましたね」
「だって僕の標準装備はエプロンという名前の割烹着だし」
「いいんだ……アイリーン。助けにきた」
ふらりと顔をあげたクロードに、アイリーンが頬を引きつらせた。
言うまでもないが、クロードの不機嫌度合いは天井を突き抜けている。
「僕の可愛いアイリーン。これ以上、僕の手をわずらわせたりしないな……?」
「あ、悪役の台詞になってますわよ、クロード様」
「それがどうした。僕は魔王だ」
薄く微笑んで手を伸ばしたクロードの前に、すらりとした剣がわってはいる。
ロリコン、もといハディスだ。
「それは僕を倒してからにしてもらおう。でないと話がおかしくなるじゃないか、困る」
「なるほど」
ばちっとクロードの両手に奔った魔力にジルが顔を青ざめさせる。
「ク、クロード様! 待ってください、わたしが説得しますから――陛下! クロード様はもう疲れておられます、もうやめましょう?」
「え、それだと僕に誘拐された彼女はどうなるんだ? うちに連れて帰る?」
「なんでそういう細かいところだけ真面目なんですか! 違います、もうお茶でもしたらいいじゃないですかってことで」
「……ひょっとして君は僕が魔王に負けるとでも?」
どちらかといえば格好をつけているだけだったハディスが、ふっと表情を変えた。
にこにこつかみどころのない得体の知れない笑顔が一枚だけはがれた気がして、クロードはまばたく。ふと見れば、そうっとアイリーンがその場から離れてシーツを用意していた。
「そんなことは言ってません。陛下が強いのは知っています」
「じゃあいいじゃないか。僕は君の言うことは聞かないぞ! あ、耳栓」
「させるか!!」
瞬間にジルがハディスが取ろうとした耳栓を魔力で爆発させた。
「これでわたしの声が聞こえますね、陛下」
止めに入っていたはずなのに、ジルが最初に手を出した。しかもすました顔はどちらかと言えば挑発的だ。
だがそれを見ているロリコンもとい竜帝も、目を細めて笑っている。
「君まで僕を侮ってもらっては困るな。僕には対君用の完全無欠の兵器がある」
「わたしはそう簡単にやられませんよ。陛下こそわたしを侮らないでください」
「いつまでそう言っていられるかな。この、ケーキを前に!」
ハディスが勝ち誇った顔で手のひらを前に出した。その上に、いちごがたくさんのったケーキが出てくる。
宝石のように輝くそのケーキに、ぱっとジルが顔を輝かせたあとぶんぶんと首を横に振ってから、一歩さがった。
「くっ――それは卑怯です、陛下!」
「さあ、これでも僕を倒せるというならくるといい!」
「クロード様、これを。風邪をひいてしまいますわ」
「ああ、ありがとう」
シーツをそっと肩からかけてくれたアイリーンに礼を言う頃には、クロードはすっかり飽きていた。
それを見抜いてやってくる妻に思うところがあるが「助けにきてくださってありがとうございます」とこっそり耳打ちされるとまあいいかと思ってしまうのだから、大概自分も甘い。
「クロード様、こちらにおいでになって。すごいんですのよ、ハディス様の作られたお菓子」
「ああ……やたらクイズもそれ関係だったな……」
「ジル様が食べるのが大好きなんですって」
「今ならこの特製野菜ジュースもついてくる! 果物も入っていておいしいぞ。さあ、負けを認めるんだジル!」
「卑劣なっ……あ、そうだ陛下、薬飲みましたか!?」
「あ、飲んでない」
「だめじゃないですか! そういえばだいぶ魔力使ったでしょう、また熱を出しますよ」
放っておいてもあっちはあっちで決着がつくだろう。
(あのロリコン、病弱設定までついてるのか)
それはまた苦労しそうだ。
アイリーンに新しい紅茶を注いでもらい、先にお茶会の席についたクロードは、頬杖を突く。クロードの隣の席に座ったアイリーンが、柔らかく笑った。
「お似合いですわね、あのふたり」
「そうだな。僕らほどではないがな」
「それはもちろんですわ。でも、あの方達はこれからなんでしょう。さきほどわたくしが手に入れた最新の情報によると、あちらも書籍化するんですって」
「それはまた大変だな。僕らも大変だった」
「でも、幸せになってほしいですわねえ」
それまでにひどい遭うのは彼らのほうだから、まあ多少の無礼は見逃してやろう。
そう思いながらクロードは新作ヒーローが作ったというクッキーを取った。
~終~
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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その5(完結)
あれほどのぞんだ扉がやっと開く。開扉を祝福するようなまぶしい光に、クロードは目を細めた。
やっとだ。
『白ザラメとグラニュー糖、精製度が高いのはどっち?』とか『焼き魚を作るとき塩を振るタイミングはいつ?』とかひたすら料理に関する問題が出てきたが、クロードもジルも家事能力がてんでないことが判明しただけだった。しかも途中から『調味料にはさしすせそとあるが、せはなに?』とか出てきた。さしすせそってそもそもなんだ。世界観無視しすぎじゃないのか。ラーヴェ帝国にはあるとでもいうのか、特に後半のすせそ。
とにもかくも当てずっぽうで見事にはずれ続け、脱ぎ続け、やっとたどり着いた妻の居場所では――。
「ということで、僕はあまり第二部に乗り気ではないんだ。絶対ひどい目にあう」
「そうですわねえ……大体この作者の傾向からいってヒーローはろくでもない目にしかあいませんもの。わたくしも散々、苦労させられて――あっ」
優雅にお茶をしていた誘拐犯と被害者がこちらにやっと気づいた。
「ク、クロード様! ああ、きてくださったのですね……! ハディス様、何かこう、適当にお願いします」
「あ。そうだ縄だった、それとも鎖かな。どっちがいい?」
「どっちでもいいですから早く!」
「おふたりとも! 何をしてるんですかっ……いい加減にしてください! クロード様が……っクロード様がこんな、あられもない姿になったのに!」
※地の文省略※
※お好きな姿を各自ご想像ください※
「陛下、せめてマントをクロード様に貸してさしあげてください……!」
「え、でも僕は今、悪者だぞ」
「でもクロード様、わたしが脱ぐの止めてくれたんですよ!?」
「君は脱いだら駄目に決まってるだろう!? 彼が脱ぐのとわけが違う! 彼は脱ぐ、君は脱がない、僕も脱がない!」
「ご自分をちゃっかりはずしましたね」
「だって僕の標準装備はエプロンという名前の割烹着だし」
「いいんだ……アイリーン。助けにきた」
ふらりと顔をあげたクロードに、アイリーンが頬を引きつらせた。
言うまでもないが、クロードの不機嫌度合いは天井を突き抜けている。
「僕の可愛いアイリーン。これ以上、僕の手をわずらわせたりしないな……?」
「あ、悪役の台詞になってますわよ、クロード様」
「それがどうした。僕は魔王だ」
薄く微笑んで手を伸ばしたクロードの前に、すらりとした剣がわってはいる。
ロリコン、もといハディスだ。
「それは僕を倒してからにしてもらおう。でないと話がおかしくなるじゃないか、困る」
「なるほど」
ばちっとクロードの両手に奔った魔力にジルが顔を青ざめさせる。
「ク、クロード様! 待ってください、わたしが説得しますから――陛下! クロード様はもう疲れておられます、もうやめましょう?」
「え、それだと僕に誘拐された彼女はどうなるんだ? うちに連れて帰る?」
「なんでそういう細かいところだけ真面目なんですか! 違います、もうお茶でもしたらいいじゃないですかってことで」
「……ひょっとして君は僕が魔王に負けるとでも?」
どちらかといえば格好をつけているだけだったハディスが、ふっと表情を変えた。
にこにこつかみどころのない得体の知れない笑顔が一枚だけはがれた気がして、クロードはまばたく。ふと見れば、そうっとアイリーンがその場から離れてシーツを用意していた。
「そんなことは言ってません。陛下が強いのは知っています」
「じゃあいいじゃないか。僕は君の言うことは聞かないぞ! あ、耳栓」
「させるか!!」
瞬間にジルがハディスが取ろうとした耳栓を魔力で爆発させた。
「これでわたしの声が聞こえますね、陛下」
止めに入っていたはずなのに、ジルが最初に手を出した。しかもすました顔はどちらかと言えば挑発的だ。
だがそれを見ているロリコンもとい竜帝も、目を細めて笑っている。
「君まで僕を侮ってもらっては困るな。僕には対君用の完全無欠の兵器がある」
「わたしはそう簡単にやられませんよ。陛下こそわたしを侮らないでください」
「いつまでそう言っていられるかな。この、ケーキを前に!」
ハディスが勝ち誇った顔で手のひらを前に出した。その上に、いちごがたくさんのったケーキが出てくる。
宝石のように輝くそのケーキに、ぱっとジルが顔を輝かせたあとぶんぶんと首を横に振ってから、一歩さがった。
「くっ――それは卑怯です、陛下!」
「さあ、これでも僕を倒せるというならくるといい!」
「クロード様、これを。風邪をひいてしまいますわ」
「ああ、ありがとう」
シーツをそっと肩からかけてくれたアイリーンに礼を言う頃には、クロードはすっかり飽きていた。
それを見抜いてやってくる妻に思うところがあるが「助けにきてくださってありがとうございます」とこっそり耳打ちされるとまあいいかと思ってしまうのだから、大概自分も甘い。
「クロード様、こちらにおいでになって。すごいんですのよ、ハディス様の作られたお菓子」
「ああ……やたらクイズもそれ関係だったな……」
「ジル様が食べるのが大好きなんですって」
「今ならこの特製野菜ジュースもついてくる! 果物も入っていておいしいぞ。さあ、負けを認めるんだジル!」
「卑劣なっ……あ、そうだ陛下、薬飲みましたか!?」
「あ、飲んでない」
「だめじゃないですか! そういえばだいぶ魔力使ったでしょう、また熱を出しますよ」
放っておいてもあっちはあっちで決着がつくだろう。
(あのロリコン、病弱設定までついてるのか)
それはまた苦労しそうだ。
アイリーンに新しい紅茶を注いでもらい、先にお茶会の席についたクロードは、頬杖を突く。クロードの隣の席に座ったアイリーンが、柔らかく笑った。
「お似合いですわね、あのふたり」
「そうだな。僕らほどではないがな」
「それはもちろんですわ。でも、あの方達はこれからなんでしょう。さきほどわたくしが手に入れた最新の情報によると、あちらも書籍化するんですって」
「それはまた大変だな。僕らも大変だった」
「でも、幸せになってほしいですわねえ」
それまでにひどい遭うのは彼らのほうだから、まあ多少の無礼は見逃してやろう。
そう思いながらクロードは新作ヒーローが作ったというクッキーを取った。
~終~
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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その5(完結)
『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(4)』
「ところでどうしてこの組み合わせなんだ?」
廊下をてくてく歩きがてら尋ねたクロードに、ジルがああと声をあげた。
「わたしはなんとなくわかります。まず、わたしが奥様をさらうとしますよね」
「君がアイリーンをさらうのか? アイリーンが君をさらうんじゃなく?」
「わたしが、でしょう。そのほうが絵になります! 奥様、美人でしたし!」
「確かに僕の妻は美人だが……」
そういうジルはどこからどう見ても幼く可愛い女の子である。さきほど扉を拳で叩き壊したことを考慮すると言っていることはわかるが、それでも頷いていいのか微妙なところだ。
「そうすると陛下とクロード様が力ずくでくるのでイベントになりませんよね」
「なるほど、戦力的な問題か」
「そうです。わたしとしては魔王と竜帝をいっぺんに相手にできるなんてまたとない機会、訓練をかねてぜひやってみたいですが」
「よしわかった、それは却下でいい」
本気で襲いかかってくる幼女を想像して、すぐさま打ち消した。
「では逆に、陛下とクロード様がさらわれるとします。どっちがどっちをさらうのかわかりませんが、多分クロード様が魔王なので陛下をさらうと思うんですけど」
「まあ、そうだな」
「その場合もわたしは陛下誘拐時の訓練とみなして本気で魔王に挑むことになり」
「わかった、それも却下だ」
二度目の本気で襲いかかってくる幼女を想像して、やっぱり打ち消した。
「他にも夫婦で組み合わせると、どちらの立場でも緊張感にかけます。となると次は今と逆、わたしがクロード様にさらわれれることになると思います。逆でもいいですが」
「いや、僕がさらうことにしよう」
でないと三度目の本気の幼女が妻と竜帝に襲いかかることになる。竜帝はどうなってもいいが、妻が立ち向かう姿を想像するとクロードも頭が痛い。
「では、わたしがクロード様にさらわれたと想定します。それだと陛下、張り切ると思うんですよね、無駄に」
「アイリーンも無駄に張り切るだろうな……収拾がつかないわけか」
「そうなると思います。あと状況も今の組み合わせがいちばん、話が進みやすいんです」
アイリーンがさらわれば当然クロードは助けにいく。
ジルは馬鹿なことをしでかす夫を止めにいく。
「なるほど……だが、竜帝が僕をさらった場合はどうなるんだ」
「それは絶対にクロード様はヒロインではないというメタ的な何かで絶許だとうかがいました。それだけが唯一守ってきた砦だとか」
「そういえば僕は敵に誘拐だけはされてないな……でも竜帝はいいのか、さらわれて?」
「陛下はいつかそのうち絶対にさらわれますので、予行演習かと」
「確定なのか」
「確定です」
力強く頷き返された。そこに迷いはない。
「そうなると、この組み合わせの場合、最後はどうなるんだ? 僕が竜帝と戦うんだろうか」
「クロード様はアイリーン様の安全を確保なさってください。陛下はわたしが止めます」
ばきばき指が鳴る音にクロードは気づかないふりをして、ようやく見えてきた三つ目の扉を見あげる。
また魔力で書かれた文字だ。だが今度は見知らぬ筆跡だった。
「これが最後か。今度こそまともならいいが」
「えーっと。『クイズ! 正解すれば扉は開きます』――まともですね?」
「問題もまあ、まともだ。『クッキーを作ったとき、しっかりした歯ごたえのものができるのはどっち? 1.薄力粉 2.強力粉』」
「絶対、陛下ですね出題者。クロード様、答えはわかりますか?」
「わからないな、僕は。君は?」
「申し訳ありません、わたしもちょっと……」
いきなり困ってしまった。だが正解は二分の一である。
「とりあえずどっちか選べばいいんじゃないのか? 間違った場合はどうなるんだ」
「あ、はい。注意書きがありますね……『作者権限で正解する以外に扉を開ける方法は皆無。何度も挑戦可能。ただし不正解のたびに魔王は一枚ずつ脱ぐこと』」
「なぜそんな仕様にした!?」
叫んだクロードに答える声は当然、ない。
その頃の悪役竜帝と悪役令嬢は。
「なるほど、そちらには色んなことがあったんだな……」
「ええ、ええ、そうですの。おわかりになられる? 詳しくはこのコミックと原作書籍をお読みになって、予習なさるとよろしいわ。何かのお役に立つかもしれません」
「読ませていただこう。お礼と言ってはなんだが、こちらのほうもURL(https://ncode.syosetu.com/n6484fv/)だけでも」
「大丈夫です、わたくし存じあげておりますわ。連載追いかけてましたもの!」
「そうなのか。僕は君達が連載してるころまだ産まれてなくて……ただ君達のすごさはいやというほど知っている」
「あら、どのように?」
「作者が連載中の僕らのPVと連載が終わっている君達のPVを見比べて『ジャンル別とはいえ日間ランキングにのってるのにラスボスのほうがPVが上ってどういう……?』と頭を抱えていた」
「でも、ポイントの追い上げ方はそちらのほうがすさまじいですわ。わたくし達が5万ポイントこえた頃ってもう書籍化したあとだったと思いますわよ」
などと、ダイマをかねたなろう分析お茶会をしながらこの状況を忘れ始めていた。
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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その4
「ところでどうしてこの組み合わせなんだ?」
廊下をてくてく歩きがてら尋ねたクロードに、ジルがああと声をあげた。
「わたしはなんとなくわかります。まず、わたしが奥様をさらうとしますよね」
「君がアイリーンをさらうのか? アイリーンが君をさらうんじゃなく?」
「わたしが、でしょう。そのほうが絵になります! 奥様、美人でしたし!」
「確かに僕の妻は美人だが……」
そういうジルはどこからどう見ても幼く可愛い女の子である。さきほど扉を拳で叩き壊したことを考慮すると言っていることはわかるが、それでも頷いていいのか微妙なところだ。
「そうすると陛下とクロード様が力ずくでくるのでイベントになりませんよね」
「なるほど、戦力的な問題か」
「そうです。わたしとしては魔王と竜帝をいっぺんに相手にできるなんてまたとない機会、訓練をかねてぜひやってみたいですが」
「よしわかった、それは却下でいい」
本気で襲いかかってくる幼女を想像して、すぐさま打ち消した。
「では逆に、陛下とクロード様がさらわれるとします。どっちがどっちをさらうのかわかりませんが、多分クロード様が魔王なので陛下をさらうと思うんですけど」
「まあ、そうだな」
「その場合もわたしは陛下誘拐時の訓練とみなして本気で魔王に挑むことになり」
「わかった、それも却下だ」
二度目の本気で襲いかかってくる幼女を想像して、やっぱり打ち消した。
「他にも夫婦で組み合わせると、どちらの立場でも緊張感にかけます。となると次は今と逆、わたしがクロード様にさらわれれることになると思います。逆でもいいですが」
「いや、僕がさらうことにしよう」
でないと三度目の本気の幼女が妻と竜帝に襲いかかることになる。竜帝はどうなってもいいが、妻が立ち向かう姿を想像するとクロードも頭が痛い。
「では、わたしがクロード様にさらわれたと想定します。それだと陛下、張り切ると思うんですよね、無駄に」
「アイリーンも無駄に張り切るだろうな……収拾がつかないわけか」
「そうなると思います。あと状況も今の組み合わせがいちばん、話が進みやすいんです」
アイリーンがさらわれば当然クロードは助けにいく。
ジルは馬鹿なことをしでかす夫を止めにいく。
「なるほど……だが、竜帝が僕をさらった場合はどうなるんだ」
「それは絶対にクロード様はヒロインではないというメタ的な何かで絶許だとうかがいました。それだけが唯一守ってきた砦だとか」
「そういえば僕は敵に誘拐だけはされてないな……でも竜帝はいいのか、さらわれて?」
「陛下はいつかそのうち絶対にさらわれますので、予行演習かと」
「確定なのか」
「確定です」
力強く頷き返された。そこに迷いはない。
「そうなると、この組み合わせの場合、最後はどうなるんだ? 僕が竜帝と戦うんだろうか」
「クロード様はアイリーン様の安全を確保なさってください。陛下はわたしが止めます」
ばきばき指が鳴る音にクロードは気づかないふりをして、ようやく見えてきた三つ目の扉を見あげる。
また魔力で書かれた文字だ。だが今度は見知らぬ筆跡だった。
「これが最後か。今度こそまともならいいが」
「えーっと。『クイズ! 正解すれば扉は開きます』――まともですね?」
「問題もまあ、まともだ。『クッキーを作ったとき、しっかりした歯ごたえのものができるのはどっち? 1.薄力粉 2.強力粉』」
「絶対、陛下ですね出題者。クロード様、答えはわかりますか?」
「わからないな、僕は。君は?」
「申し訳ありません、わたしもちょっと……」
いきなり困ってしまった。だが正解は二分の一である。
「とりあえずどっちか選べばいいんじゃないのか? 間違った場合はどうなるんだ」
「あ、はい。注意書きがありますね……『作者権限で正解する以外に扉を開ける方法は皆無。何度も挑戦可能。ただし不正解のたびに魔王は一枚ずつ脱ぐこと』」
「なぜそんな仕様にした!?」
叫んだクロードに答える声は当然、ない。
その頃の悪役竜帝と悪役令嬢は。
「なるほど、そちらには色んなことがあったんだな……」
「ええ、ええ、そうですの。おわかりになられる? 詳しくはこのコミックと原作書籍をお読みになって、予習なさるとよろしいわ。何かのお役に立つかもしれません」
「読ませていただこう。お礼と言ってはなんだが、こちらのほうもURL(https://ncode.syosetu.com/n6484fv/)だけでも」
「大丈夫です、わたくし存じあげておりますわ。連載追いかけてましたもの!」
「そうなのか。僕は君達が連載してるころまだ産まれてなくて……ただ君達のすごさはいやというほど知っている」
「あら、どのように?」
「作者が連載中の僕らのPVと連載が終わっている君達のPVを見比べて『ジャンル別とはいえ日間ランキングにのってるのにラスボスのほうがPVが上ってどういう……?』と頭を抱えていた」
「でも、ポイントの追い上げ方はそちらのほうがすさまじいですわ。わたくし達が5万ポイントこえた頃ってもう書籍化したあとだったと思いますわよ」
などと、ダイマをかねたなろう分析お茶会をしながらこの状況を忘れ始めていた。
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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その4
『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(3)』
再びクロード達の行く先を阻んだ扉は、今度は上から下までぎっしり文字で埋まっていた。
その文字列の圧におののいたジルより前に出たクロードは、文章の出だしの上のほうを見あげて尋ねる。
「あのロリコ――いや、君の夫の字か?」
「は、はい。たぶんですけど」
「……長いな。君宛のようだが」
「確かに……時間もないですし、どこかそれっぽい重要なところだけ読み上げましょう」
そう言ったジルの目の前に、魔力の文字が並んで手紙のように折り重なっておりてきた。
読め、ということらしい。気持ちはわかるとクロードは頷いた。
「君宛てに心をこめてしたためたんだろう。君が読むべきだ」
「えっ……この量をですか?」
「妻に宛てた手紙というものは長くなってしまうものだ。僕にも覚えがある」
「は、はあ……そうなんですね」
ひとまず頷いたジルは今ひとつわかっていない。クロードは重ねて言い聞かせる。
「その一文字一文字に、夫の心がこもっている。読み飛ばす、無視するなどの行為は夫を深く傷つける。夫婦関係に亀裂も入るだろう。夫婦間でやり取りする文章というのは、扱いひとつで戦争をも引き起こしかねない危険な代物だ」
「そ、そこまでのものなんですか……!?」
「決して無下に扱わないように。これは僕のアドバイスだと思ってくれ」
いささか文字もクロードに同意するようにうんうんと上下にゆれている。
真顔のクロードに感化されたのか、ジルは表情をきりっと改めて、頷いた。
「ご忠告、ありがとうございます。では読みあげさせていただきます。――僕のお嫁さんへ。おはよう。朝にこの手紙を書いています。今朝のトーストの焼き加減はうまくいきました。卵の固さや味も、君の好みがわかってきてうまくいったと思います。トマトのソースを案外君が気に入ってくれたようなので、今度から常備しようと思います。そういえば、パンの小麦粉の配合を変えてみました。気づきましたか? スコーンも少しずつ変えているんですが、以前と今とどちらがおいしいか教えてください。そのスコーンに合うジャムも作ろうと思います。君は苺がお気に入りのようだからまずは苺のソースを。でも、パイはベリーがお気に入りなのでそちらも手が抜けません。砂糖もいくつか種類を用意して、ためしてみたいと――」
「いつまで料理の話をしてるんだ!」
つっこみと同時に、今か今かと読むのを待たれている魔力の文字をクロードは踏みつけた。もちろん、魔力なので意味はないのだが、そのまま踏みにじる。
「妻への手紙だろう!? 違うだろう!!」
「へ、陛下は料理が好きなので……っあ、ここから違います! ここから告白なんですが、昨日はこっそり城を抜け出して町におりてみました。君の渡した花束は実はそこで手に入れたものです。花売りの子が小さな花を売っていたのを花束にしてもらって買いました。両親がいないそうです。ですがこれからの季節は花も手に入りにくくなるでしょう。心配です。早急に対策をとらねばならないと僕は決意を新たに――」
「そうじゃない。いや大事だが、そうじゃないんだ。手紙に一番必要なのは、愛の言葉だ」
「陛下は恥ずかしがり屋なのでそういうのは無理なんじゃないかと……」
「だがこれではほとんど子どもの作文だ! まさか、君はこれでいいとでも? 僕は認めないぞ」
「ま、まあそういう話じゃないっていうのは否めませんが……嬉しいですよ。陛下、わたしがきてから楽しいって。今度ピクニックに行こうって書いてくれてますし。そ、それに最後……」
ちょっとジルが口ごもってしまったので、それらしいことが書いてあるのかとクロードは横からのぞき見る。
『君にお礼以外も、そのええと、あの、言えれば……いいんだけれど。その、君がす……す……だって! 男らしく言えるように、頑張ります。僕を引き続き何卒よろしくお願いします』
「……無理しなくてもいいのに、陛下」
照れ隠しのように頬を染めているジルは嬉しそうだが、クロードは納得いかない。
(僕はアイリーンにこんなふうに喜ばれたことがないのに、なぜこんな手紙で……!?)
妻や愛しい婚約者に宛てる手紙とはこのようなものではないはずだ。クロードの矜持にかけて認めることはできない――とまで考えて、ふとにこにこしているジルの姿を改めて見た。
子どもだ。
だから、愛の言葉を綴った手紙がどれほど嬉しいものかわからないのだ。
そういうことにしよう。
意外とあっさり立ち直ったクロードは、気を取り直す。
「それで、結局、今回の問題はなんだ? 読めば自動で扉があくのか?」
「あ、待ってください。まだ追伸がここにあります」
「なになに。『僕を好きだと心をこめて言ってくれれば扉はあきます』」
告白の強制か、悪くない。
だがジルが嘆息と同時に立ち上がり、右拳をものすごい魔力ごと叩きつけた。
何が起こったかわからず呆然とするクロードの前で、ばらばらと扉の欠片と魔力がはがれ落ちていく。
「一日三回までって約束です、陛下」
ぱんぱんと両手を払い、ジルが腰に手をあてて虚空を見あげた。
「しつこくすると、ベッドの間に境界線作りますからね!」
返事はない。しんとしたこの空気こそが返事のように。
平然とした顔で奥へ歩き出したジルに、クロードも続く。ほんの少し、聞いてみた。
「一緒に寝ているのか、毎晩」
「警備や護衛が足りていないので。帝都に戻ればまた変わるかもしれませんが」
「……そうか」
さっきの言い方やこの態度から察するに、主導権は少女にあるのだろう。何もやましいものは感じられない。
ちゃんと大人の男性らしく、なんだかんだ保護者に徹しているようである。なかなかやるなあのロリコン、と思った。
子どもっぽいだけかもしれないが。
一方その頃、お茶を飲んでいる悪役竜帝と悪役令嬢は。
「ジル様、噂には聞いてましたがお強いのね。完全にクロード様がうしろからついてきて守られるポジションになってますわ」
「ベッドに境界線って、どういう意味なんだ……?」
「ああ、枕とかクッションとか使って真ん中に壁を作るんですわよ。わたくしもたまにやります」
「それ、意味あるのか?」
「え? あ、ありますわよ、心理的に。クロード様だってそういうときは一応、配慮してくださいますわ」
「一応?」
「い、一応です」
「それ、意味が」
「あります!」
「ふぅん、そういうものか。まあいい。しつこくしなければ一生ベッドに境界線を作らなくていいってことだ。詰めが甘いな、僕のお嫁さんってば」
言質をとったと言わんばかりの無邪気で残酷な笑顔を見なかったことにして、アイリーンは紅茶を飲んだ。
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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その3
再びクロード達の行く先を阻んだ扉は、今度は上から下までぎっしり文字で埋まっていた。
その文字列の圧におののいたジルより前に出たクロードは、文章の出だしの上のほうを見あげて尋ねる。
「あのロリコ――いや、君の夫の字か?」
「は、はい。たぶんですけど」
「……長いな。君宛のようだが」
「確かに……時間もないですし、どこかそれっぽい重要なところだけ読み上げましょう」
そう言ったジルの目の前に、魔力の文字が並んで手紙のように折り重なっておりてきた。
読め、ということらしい。気持ちはわかるとクロードは頷いた。
「君宛てに心をこめてしたためたんだろう。君が読むべきだ」
「えっ……この量をですか?」
「妻に宛てた手紙というものは長くなってしまうものだ。僕にも覚えがある」
「は、はあ……そうなんですね」
ひとまず頷いたジルは今ひとつわかっていない。クロードは重ねて言い聞かせる。
「その一文字一文字に、夫の心がこもっている。読み飛ばす、無視するなどの行為は夫を深く傷つける。夫婦関係に亀裂も入るだろう。夫婦間でやり取りする文章というのは、扱いひとつで戦争をも引き起こしかねない危険な代物だ」
「そ、そこまでのものなんですか……!?」
「決して無下に扱わないように。これは僕のアドバイスだと思ってくれ」
いささか文字もクロードに同意するようにうんうんと上下にゆれている。
真顔のクロードに感化されたのか、ジルは表情をきりっと改めて、頷いた。
「ご忠告、ありがとうございます。では読みあげさせていただきます。――僕のお嫁さんへ。おはよう。朝にこの手紙を書いています。今朝のトーストの焼き加減はうまくいきました。卵の固さや味も、君の好みがわかってきてうまくいったと思います。トマトのソースを案外君が気に入ってくれたようなので、今度から常備しようと思います。そういえば、パンの小麦粉の配合を変えてみました。気づきましたか? スコーンも少しずつ変えているんですが、以前と今とどちらがおいしいか教えてください。そのスコーンに合うジャムも作ろうと思います。君は苺がお気に入りのようだからまずは苺のソースを。でも、パイはベリーがお気に入りなのでそちらも手が抜けません。砂糖もいくつか種類を用意して、ためしてみたいと――」
「いつまで料理の話をしてるんだ!」
つっこみと同時に、今か今かと読むのを待たれている魔力の文字をクロードは踏みつけた。もちろん、魔力なので意味はないのだが、そのまま踏みにじる。
「妻への手紙だろう!? 違うだろう!!」
「へ、陛下は料理が好きなので……っあ、ここから違います! ここから告白なんですが、昨日はこっそり城を抜け出して町におりてみました。君の渡した花束は実はそこで手に入れたものです。花売りの子が小さな花を売っていたのを花束にしてもらって買いました。両親がいないそうです。ですがこれからの季節は花も手に入りにくくなるでしょう。心配です。早急に対策をとらねばならないと僕は決意を新たに――」
「そうじゃない。いや大事だが、そうじゃないんだ。手紙に一番必要なのは、愛の言葉だ」
「陛下は恥ずかしがり屋なのでそういうのは無理なんじゃないかと……」
「だがこれではほとんど子どもの作文だ! まさか、君はこれでいいとでも? 僕は認めないぞ」
「ま、まあそういう話じゃないっていうのは否めませんが……嬉しいですよ。陛下、わたしがきてから楽しいって。今度ピクニックに行こうって書いてくれてますし。そ、それに最後……」
ちょっとジルが口ごもってしまったので、それらしいことが書いてあるのかとクロードは横からのぞき見る。
『君にお礼以外も、そのええと、あの、言えれば……いいんだけれど。その、君がす……す……だって! 男らしく言えるように、頑張ります。僕を引き続き何卒よろしくお願いします』
「……無理しなくてもいいのに、陛下」
照れ隠しのように頬を染めているジルは嬉しそうだが、クロードは納得いかない。
(僕はアイリーンにこんなふうに喜ばれたことがないのに、なぜこんな手紙で……!?)
妻や愛しい婚約者に宛てる手紙とはこのようなものではないはずだ。クロードの矜持にかけて認めることはできない――とまで考えて、ふとにこにこしているジルの姿を改めて見た。
子どもだ。
だから、愛の言葉を綴った手紙がどれほど嬉しいものかわからないのだ。
そういうことにしよう。
意外とあっさり立ち直ったクロードは、気を取り直す。
「それで、結局、今回の問題はなんだ? 読めば自動で扉があくのか?」
「あ、待ってください。まだ追伸がここにあります」
「なになに。『僕を好きだと心をこめて言ってくれれば扉はあきます』」
告白の強制か、悪くない。
だがジルが嘆息と同時に立ち上がり、右拳をものすごい魔力ごと叩きつけた。
何が起こったかわからず呆然とするクロードの前で、ばらばらと扉の欠片と魔力がはがれ落ちていく。
「一日三回までって約束です、陛下」
ぱんぱんと両手を払い、ジルが腰に手をあてて虚空を見あげた。
「しつこくすると、ベッドの間に境界線作りますからね!」
返事はない。しんとしたこの空気こそが返事のように。
平然とした顔で奥へ歩き出したジルに、クロードも続く。ほんの少し、聞いてみた。
「一緒に寝ているのか、毎晩」
「警備や護衛が足りていないので。帝都に戻ればまた変わるかもしれませんが」
「……そうか」
さっきの言い方やこの態度から察するに、主導権は少女にあるのだろう。何もやましいものは感じられない。
ちゃんと大人の男性らしく、なんだかんだ保護者に徹しているようである。なかなかやるなあのロリコン、と思った。
子どもっぽいだけかもしれないが。
一方その頃、お茶を飲んでいる悪役竜帝と悪役令嬢は。
「ジル様、噂には聞いてましたがお強いのね。完全にクロード様がうしろからついてきて守られるポジションになってますわ」
「ベッドに境界線って、どういう意味なんだ……?」
「ああ、枕とかクッションとか使って真ん中に壁を作るんですわよ。わたくしもたまにやります」
「それ、意味あるのか?」
「え? あ、ありますわよ、心理的に。クロード様だってそういうときは一応、配慮してくださいますわ」
「一応?」
「い、一応です」
「それ、意味が」
「あります!」
「ふぅん、そういうものか。まあいい。しつこくしなければ一生ベッドに境界線を作らなくていいってことだ。詰めが甘いな、僕のお嫁さんってば」
言質をとったと言わんばかりの無邪気で残酷な笑顔を見なかったことにして、アイリーンは紅茶を飲んだ。
畳む
#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その3
「ラーヴェ、お肉って叩くと柔らかくなっておいしくなるんだって」
ある日、物置から引っ張り出した料理本を見ていたハディスがそんなことを言い出した。
暖炉の前でごろごろしていたラーヴェは、ふうんと適当に相づちを返す。
「でも、叩く道具がなくって。重いのはぼく、大変だし……」
「んーまだなあ、あぶないからなあ」
辺境に送られて早一年がすぎた。それでもハディスはまだ六歳になったばかりの子どもだ。身の裡に宿る巨大な魔力の制御はまだまだあぶなっかしく、本人の体調も考えればあまり使わせたくない。
「食えないわけじゃねーなら、多少固くてもいいだろ」
工夫し改良を続けてここの暮らしにも慣れてきた。気を張り詰めねばならなかった帝城に比べれば、精神的には快適になったと言ってもいい。贅沢は言わず、危険より安全をとるべきである。
「でも、おいしいって。やってみたい」
怖い母親もいじめっ子のきょうだいもいなくなった安心感からか、ずいぶんハディスは自己主張をするようになってきた。
ラーヴェに対してはもともとわがままじみたところはあったが、今はラーヴェしかいないせいで、本当にわがままになってきている気がするのが悩みの種だ。挑戦と無謀、向上心とわがまま、どこまで許容するのが正解なのかわからない。子育とはかくも難解なものである。
「やりたいっつってもなあ……」
「あのね、ぼく、考えたんだ! 天剣で叩けばいいんじゃないかって」
「は?」
「ほら、天剣って平べったいでしょ」
「ひ、ひらべった……?」
「軽いし!」
それはハディスが天剣の正統な使い手なのだから当然――とかそういう問題じゃない。
「天剣に変わってよ、ラーヴェ。鹿肉まだ残ってるから!」
「はーーーーーーーーーー!? おま、おまっ天剣をなんだと! 薪割りだけでも許せないっつーのに肉を叩けと!?」
「こないだラーヴェも林檎切ってたでしょ」
「あれっあれはっ……面倒だったからついだ! 本意じゃない!」
「そこ、違いあるのかなあ……おいしいお肉、ラーヴェも食べたくない?」
「そら食いたいが!? 食いたいがなあ」
「これも工夫だよ!」
絶句した理の神に、名案とばかりにハディスが笑顔で告げる。子どもはいつだって残酷だ。
■■■
竜神ラーヴェ、地上に降りて早千年。
度重なる争いにより神格を落とし、姿も変わってしまった。けれどこの大陸の理を守るため幾度となく目覚め、人々を見守ってきた――その果てが、まさかの肉叩き。
ちなみに天剣とは神の力を顕現させる神器であり、膨大な魔力が要求されるため普通の人間では扱えず、正統な使い手である竜帝ただひとりがその真の威力を発揮できる。
「せえのっ!」
その天剣が今、正統な持ち主により、鹿肉に向けて振り下ろされた。
ばん、ばん、と肉を叩く音を聞きながら、ラーヴェは泣きたくなる。
『なんでっ俺がっこんな目にっ』
「ラーヴェ、ちゃんと力こめて!」
『力ってなんだ、魔力か!? どういう状態これ!?』
「重くなって! そう、そのくらい! えいっ! やあっ!」
銀の粒をまく天の剣を真剣に、だが軽々と持ち上げるハディスの姿は、幼くともまさに竜帝――とか感動できるわけもなく。
「これくらい……かな……!?」
肉の叩き具合を確かめているハディスの横で、半泣きでラーヴェは天剣の姿を解いた。気のせいだろうか、肉の匂いが付いた気がする。
「天剣……天剣をなんだと……これだから人間は!」
「わーい、できたよラーヴェ! 今日はおいしいお肉だ!」
「そうかよよかったな! 俺は千三百年も竜神やっててこんな屈辱初めてだよ!」
生まれたときから一緒にいるハディスは、竜神の怒りに動じもしない。塩をかけようなどと張り切っている。
「ラーヴェはケチなんだよ」
しかもどこで覚えたのか、そんなことを言い出す有り様だ。
「薪割りだって、ぼくがおっきくなるまでだって。ラーヴェがお肉とってくれれば、ぼく、弓の練習とかしなくていいのに。魚だってさ」
「あのなあ、何度も言わせるな。お前は竜帝だけど人間なの。天剣とか俺に頼らずに、ちゃんと自分のことは自分でできる大人になるんだよ」
「でもラーヴェ、なんにもしなかったら竜じゃなくて、ただの羽のはえた太った蛇になっちゃうよ?」
「お前、最近そういう意地の悪い言い回しをどこで覚えてくるんだよ、ほんと……」
羽を動かしてハディスの手元を覗きこむ。ああ、肉に塩を揉み込む手つきもずいぶん慣れてきた。包丁を扱う手も、もうあぶなっかしくない。
――まだ、こんなに小さいのに。
「でも、ぼくがおとなになるまでは、手伝ってよね」
「……しょうがないからな」
嬉しそうに笑ったハディスが、肉をまな板ごと差し出した。
「じゃあ天剣になって、これ一口サイズに切って」
無邪気な子どもの願いごとに、理の神はにっこりと笑って諭す。
「断る、自分でやれ」
畳む
#やり竜
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