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No.93
『竜神様の子育て』
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「ラーヴェ、お肉って叩くと柔らかくなっておいしくなるんだって」
ある日、物置から引っ張り出した料理本を見ていたハディスがそんなことを言い出した。
暖炉の前でごろごろしていたラーヴェは、ふうんと適当に相づちを返す。
「でも、叩く道具がなくって。重いのはぼく、大変だし……」
「んーまだなあ、あぶないからなあ」
辺境に送られて早一年がすぎた。それでもハディスはまだ六歳になったばかりの子どもだ。身の裡に宿る巨大な魔力の制御はまだまだあぶなっかしく、本人の体調も考えればあまり使わせたくない。
「食えないわけじゃねーなら、多少固くてもいいだろ」
工夫し改良を続けてここの暮らしにも慣れてきた。気を張り詰めねばならなかった帝城に比べれば、精神的には快適になったと言ってもいい。贅沢は言わず、危険より安全をとるべきである。
「でも、おいしいって。やってみたい」
怖い母親もいじめっ子のきょうだいもいなくなった安心感からか、ずいぶんハディスは自己主張をするようになってきた。
ラーヴェに対してはもともとわがままじみたところはあったが、今はラーヴェしかいないせいで、本当にわがままになってきている気がするのが悩みの種だ。挑戦と無謀、向上心とわがまま、どこまで許容するのが正解なのかわからない。子育とはかくも難解なものである。
「やりたいっつってもなあ……」
「あのね、ぼく、考えたんだ! 天剣で叩けばいいんじゃないかって」
「は?」
「ほら、天剣って平べったいでしょ」
「ひ、ひらべった……?」
「軽いし!」
それはハディスが天剣の正統な使い手なのだから当然――とかそういう問題じゃない。
「天剣に変わってよ、ラーヴェ。鹿肉まだ残ってるから!」
「はーーーーーーーーーー!? おま、おまっ天剣をなんだと! 薪割りだけでも許せないっつーのに肉を叩けと!?」
「こないだラーヴェも林檎切ってたでしょ」
「あれっあれはっ……面倒だったからついだ! 本意じゃない!」
「そこ、違いあるのかなあ……おいしいお肉、ラーヴェも食べたくない?」
「そら食いたいが!? 食いたいがなあ」
「これも工夫だよ!」
絶句した理の神に、名案とばかりにハディスが笑顔で告げる。子どもはいつだって残酷だ。
■■■
竜神ラーヴェ、地上に降りて早千年。
度重なる争いにより神格を落とし、姿も変わってしまった。けれどこの大陸の理を守るため幾度となく目覚め、人々を見守ってきた――その果てが、まさかの肉叩き。
ちなみに天剣とは神の力を顕現させる神器であり、膨大な魔力が要求されるため普通の人間では扱えず、正統な使い手である竜帝ただひとりがその真の威力を発揮できる。
「せえのっ!」
その天剣が今、正統な持ち主により、鹿肉に向けて振り下ろされた。
ばん、ばん、と肉を叩く音を聞きながら、ラーヴェは泣きたくなる。
『なんでっ俺がっこんな目にっ』
「ラーヴェ、ちゃんと力こめて!」
『力ってなんだ、魔力か!? どういう状態これ!?』
「重くなって! そう、そのくらい! えいっ! やあっ!」
銀の粒をまく天の剣を真剣に、だが軽々と持ち上げるハディスの姿は、幼くともまさに竜帝――とか感動できるわけもなく。
「これくらい……かな……!?」
肉の叩き具合を確かめているハディスの横で、半泣きでラーヴェは天剣の姿を解いた。気のせいだろうか、肉の匂いが付いた気がする。
「天剣……天剣をなんだと……これだから人間は!」
「わーい、できたよラーヴェ! 今日はおいしいお肉だ!」
「そうかよよかったな! 俺は千三百年も竜神やっててこんな屈辱初めてだよ!」
生まれたときから一緒にいるハディスは、竜神の怒りに動じもしない。塩をかけようなどと張り切っている。
「ラーヴェはケチなんだよ」
しかもどこで覚えたのか、そんなことを言い出す有り様だ。
「薪割りだって、ぼくがおっきくなるまでだって。ラーヴェがお肉とってくれれば、ぼく、弓の練習とかしなくていいのに。魚だってさ」
「あのなあ、何度も言わせるな。お前は竜帝だけど人間なの。天剣とか俺に頼らずに、ちゃんと自分のことは自分でできる大人になるんだよ」
「でもラーヴェ、なんにもしなかったら竜じゃなくて、ただの羽のはえた太った蛇になっちゃうよ?」
「お前、最近そういう意地の悪い言い回しをどこで覚えてくるんだよ、ほんと……」
羽を動かしてハディスの手元を覗きこむ。ああ、肉に塩を揉み込む手つきもずいぶん慣れてきた。包丁を扱う手も、もうあぶなっかしくない。
――まだ、こんなに小さいのに。
「でも、ぼくがおとなになるまでは、手伝ってよね」
「……しょうがないからな」
嬉しそうに笑ったハディスが、肉をまな板ごと差し出した。
「じゃあ天剣になって、これ一口サイズに切って」
無邪気な子どもの願いごとに、理の神はにっこりと笑って諭す。
「断る、自分でやれ」
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2024/5/30
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ある日、物置から引っ張り出した料理本を見ていたハディスがそんなことを言い出した。
暖炉の前でごろごろしていたラーヴェは、ふうんと適当に相づちを返す。
「でも、叩く道具がなくって。重いのはぼく、大変だし……」
「んーまだなあ、あぶないからなあ」
辺境に送られて早一年がすぎた。それでもハディスはまだ六歳になったばかりの子どもだ。身の裡に宿る巨大な魔力の制御はまだまだあぶなっかしく、本人の体調も考えればあまり使わせたくない。
「食えないわけじゃねーなら、多少固くてもいいだろ」
工夫し改良を続けてここの暮らしにも慣れてきた。気を張り詰めねばならなかった帝城に比べれば、精神的には快適になったと言ってもいい。贅沢は言わず、危険より安全をとるべきである。
「でも、おいしいって。やってみたい」
怖い母親もいじめっ子のきょうだいもいなくなった安心感からか、ずいぶんハディスは自己主張をするようになってきた。
ラーヴェに対してはもともとわがままじみたところはあったが、今はラーヴェしかいないせいで、本当にわがままになってきている気がするのが悩みの種だ。挑戦と無謀、向上心とわがまま、どこまで許容するのが正解なのかわからない。子育とはかくも難解なものである。
「やりたいっつってもなあ……」
「あのね、ぼく、考えたんだ! 天剣で叩けばいいんじゃないかって」
「は?」
「ほら、天剣って平べったいでしょ」
「ひ、ひらべった……?」
「軽いし!」
それはハディスが天剣の正統な使い手なのだから当然――とかそういう問題じゃない。
「天剣に変わってよ、ラーヴェ。鹿肉まだ残ってるから!」
「はーーーーーーーーーー!? おま、おまっ天剣をなんだと! 薪割りだけでも許せないっつーのに肉を叩けと!?」
「こないだラーヴェも林檎切ってたでしょ」
「あれっあれはっ……面倒だったからついだ! 本意じゃない!」
「そこ、違いあるのかなあ……おいしいお肉、ラーヴェも食べたくない?」
「そら食いたいが!? 食いたいがなあ」
「これも工夫だよ!」
絶句した理の神に、名案とばかりにハディスが笑顔で告げる。子どもはいつだって残酷だ。
■■■
竜神ラーヴェ、地上に降りて早千年。
度重なる争いにより神格を落とし、姿も変わってしまった。けれどこの大陸の理を守るため幾度となく目覚め、人々を見守ってきた――その果てが、まさかの肉叩き。
ちなみに天剣とは神の力を顕現させる神器であり、膨大な魔力が要求されるため普通の人間では扱えず、正統な使い手である竜帝ただひとりがその真の威力を発揮できる。
「せえのっ!」
その天剣が今、正統な持ち主により、鹿肉に向けて振り下ろされた。
ばん、ばん、と肉を叩く音を聞きながら、ラーヴェは泣きたくなる。
『なんでっ俺がっこんな目にっ』
「ラーヴェ、ちゃんと力こめて!」
『力ってなんだ、魔力か!? どういう状態これ!?』
「重くなって! そう、そのくらい! えいっ! やあっ!」
銀の粒をまく天の剣を真剣に、だが軽々と持ち上げるハディスの姿は、幼くともまさに竜帝――とか感動できるわけもなく。
「これくらい……かな……!?」
肉の叩き具合を確かめているハディスの横で、半泣きでラーヴェは天剣の姿を解いた。気のせいだろうか、肉の匂いが付いた気がする。
「天剣……天剣をなんだと……これだから人間は!」
「わーい、できたよラーヴェ! 今日はおいしいお肉だ!」
「そうかよよかったな! 俺は千三百年も竜神やっててこんな屈辱初めてだよ!」
生まれたときから一緒にいるハディスは、竜神の怒りに動じもしない。塩をかけようなどと張り切っている。
「ラーヴェはケチなんだよ」
しかもどこで覚えたのか、そんなことを言い出す有り様だ。
「薪割りだって、ぼくがおっきくなるまでだって。ラーヴェがお肉とってくれれば、ぼく、弓の練習とかしなくていいのに。魚だってさ」
「あのなあ、何度も言わせるな。お前は竜帝だけど人間なの。天剣とか俺に頼らずに、ちゃんと自分のことは自分でできる大人になるんだよ」
「でもラーヴェ、なんにもしなかったら竜じゃなくて、ただの羽のはえた太った蛇になっちゃうよ?」
「お前、最近そういう意地の悪い言い回しをどこで覚えてくるんだよ、ほんと……」
羽を動かしてハディスの手元を覗きこむ。ああ、肉に塩を揉み込む手つきもずいぶん慣れてきた。包丁を扱う手も、もうあぶなっかしくない。
――まだ、こんなに小さいのに。
「でも、ぼくがおとなになるまでは、手伝ってよね」
「……しょうがないからな」
嬉しそうに笑ったハディスが、肉をまな板ごと差し出した。
「じゃあ天剣になって、これ一口サイズに切って」
無邪気な子どもの願いごとに、理の神はにっこりと笑って諭す。
「断る、自分でやれ」
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