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No.48
『ポンパ巻き貝ハーフアップ梅雨の戦い・後編』
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寝室の扉が開く音に咳払いをして、アイリーンは振り向く。
「おかえりなさいませ、クロードさ……」
咄嗟に口元を両手でふさいで噴き出さなかった自分をほめたい。
だがそのまま震えてしまうのは押さえられなかった。
昼間、アイリーンが巻き貝にした頭にさらに鳥籠を盛って現れたときから覚悟はできていた――クロードの髪型がそう、庭になるくらいは。
だが、現実は常に厳しい。
「な、なん、ですの、その髪型」
「宮殿だそうだ」
では、横髪を持ちあげて上でくくり、花で飾っているのは門。その奥、鳥籠をうまく柱にして、髪や飾りを盛って作られているのは宮殿か。
「お、重たくありませんか」
「重たい」
「湯浴みは」
「これからだ――で、はずしていいだろうか?」
クロードが頭の上を指でさして、首をかしげる。それだけでもうだめだった。寝台に突っ伏したアイリーンは全身を震わせて笑う。
「機嫌が直ったなら何よりだ」
「む、むしろクロード様、よく一日耐えて……ああ、お待ちくださいな。無理に引っ張ったら髪が傷みます」
寝台に腰かけたクロードのうしろに回り、アイリーンはそっとクロードの髪を留めているピンを抜いていく。
はらりと一房、黒い艶やかな髪が落ちた。
「……」
しばっている髪をほどくとまたさらりと髪が流れ落ちる。
「……」
花飾りを引き抜くと、さらっと前に髪が流れていった。
だんだん半眼になってきたアイリーンは無言で最後、鳥籠を取りあげた。
さらりと背中にしなやかに黒髪が落ちる。
「ありがとう。……アイリーン?」
「どうして癖のひとつもついてませんの!?」
叫んだアイリーンはクロードのうしろ髪を握る。だがさらさらだし、つやつやしているし、あれだけ塗りたくった薬も何もなかったかのように輝いている。
「許せませんわ、どういうことですか!?」
「そんなことを言われてもな」
「何が違うんです!? 実は形状記憶合金!? それとも髪の手入れ!? 何を使っておられましたクロード様!?」
「特に変わったことはしていないと思うが……」
「ないなんて言わないでください! 絶対! 何かあります! あると言ってください……!」
両手で顔を覆って懇願するアイリーンに少し考えこんだクロードは、自分の髪を見て、それからちょっと首をかしげる。
「じゃあ、確かめてみたらどうだ」
「何をです!? クロード様の天賦の才能をですか!」
「湯浴みを」
にっこりと笑われて、アイリーンはそのまま固まった。
■
「――で、今日はご機嫌なんですね? 晴れるくらいには」
「そうだな。あんなわけのわからない髪型をしただけの対価は得たからな、湯船で」
朝の珈琲を飲みながら、ゆっくり従者と語り合う。ちなみに愛らしい妻は未だ寝室だ。多分、昼まで起き上がれないだろう。
「本当に僕の妻は、いつも努力を斜め上に走らせるから可愛い」
「では、今日は私めが支度してもよろしいので?」
「ああ。寝室からこちらを恨みがましくのぞき見しているアイリーンには気づかないふりをしてくれ」
「あ、あれやっぱりのぞいてらっしゃるんですね……どうしてまた」
「夜会でお前が僕の髪をいじると毛先が曲がるだろう。何をしているのかと」
「なるほど」
櫛やら何やら取り出してきたキースは眼鏡を押し上げて、にっこり笑った。
「それは秘密ですね」
「だろうな」
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#悪ラス
2020年Twitter初出
小説
2024/4/24
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「おかえりなさいませ、クロードさ……」
咄嗟に口元を両手でふさいで噴き出さなかった自分をほめたい。
だがそのまま震えてしまうのは押さえられなかった。
昼間、アイリーンが巻き貝にした頭にさらに鳥籠を盛って現れたときから覚悟はできていた――クロードの髪型がそう、庭になるくらいは。
だが、現実は常に厳しい。
「な、なん、ですの、その髪型」
「宮殿だそうだ」
では、横髪を持ちあげて上でくくり、花で飾っているのは門。その奥、鳥籠をうまく柱にして、髪や飾りを盛って作られているのは宮殿か。
「お、重たくありませんか」
「重たい」
「湯浴みは」
「これからだ――で、はずしていいだろうか?」
クロードが頭の上を指でさして、首をかしげる。それだけでもうだめだった。寝台に突っ伏したアイリーンは全身を震わせて笑う。
「機嫌が直ったなら何よりだ」
「む、むしろクロード様、よく一日耐えて……ああ、お待ちくださいな。無理に引っ張ったら髪が傷みます」
寝台に腰かけたクロードのうしろに回り、アイリーンはそっとクロードの髪を留めているピンを抜いていく。
はらりと一房、黒い艶やかな髪が落ちた。
「……」
しばっている髪をほどくとまたさらりと髪が流れ落ちる。
「……」
花飾りを引き抜くと、さらっと前に髪が流れていった。
だんだん半眼になってきたアイリーンは無言で最後、鳥籠を取りあげた。
さらりと背中にしなやかに黒髪が落ちる。
「ありがとう。……アイリーン?」
「どうして癖のひとつもついてませんの!?」
叫んだアイリーンはクロードのうしろ髪を握る。だがさらさらだし、つやつやしているし、あれだけ塗りたくった薬も何もなかったかのように輝いている。
「許せませんわ、どういうことですか!?」
「そんなことを言われてもな」
「何が違うんです!? 実は形状記憶合金!? それとも髪の手入れ!? 何を使っておられましたクロード様!?」
「特に変わったことはしていないと思うが……」
「ないなんて言わないでください! 絶対! 何かあります! あると言ってください……!」
両手で顔を覆って懇願するアイリーンに少し考えこんだクロードは、自分の髪を見て、それからちょっと首をかしげる。
「じゃあ、確かめてみたらどうだ」
「何をです!? クロード様の天賦の才能をですか!」
「湯浴みを」
にっこりと笑われて、アイリーンはそのまま固まった。
■
「――で、今日はご機嫌なんですね? 晴れるくらいには」
「そうだな。あんなわけのわからない髪型をしただけの対価は得たからな、湯船で」
朝の珈琲を飲みながら、ゆっくり従者と語り合う。ちなみに愛らしい妻は未だ寝室だ。多分、昼まで起き上がれないだろう。
「本当に僕の妻は、いつも努力を斜め上に走らせるから可愛い」
「では、今日は私めが支度してもよろしいので?」
「ああ。寝室からこちらを恨みがましくのぞき見しているアイリーンには気づかないふりをしてくれ」
「あ、あれやっぱりのぞいてらっしゃるんですね……どうしてまた」
「夜会でお前が僕の髪をいじると毛先が曲がるだろう。何をしているのかと」
「なるほど」
櫛やら何やら取り出してきたキースは眼鏡を押し上げて、にっこり笑った。
「それは秘密ですね」
「だろうな」
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