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No.18

『魔王城のハロウィン』



 雲一つない青空と何も遮るもののない草原の間に、さわやかな風が舞う。
 髪に揺らしながら一歩前へ進み出た魔物が、両腕を組んで正面をねめつけた。

「アイリーン。覚悟はいいか」

 その声に答えて、アイリーンも一歩前に進み出る。
 
「ええ、ベルゼビュート。あなたたちの好きにはさせません」
「はっ人間が魔物に勝てるとでも? 愚かな」

 ふんとアイリーンはそれを笑い、箒を突きつけた。

「受けて立つわ。かかってらっしゃい」
「いい度胸だ」

 そう言ってベルゼビュートが片手をあげると、ずらりと黒い影が並んだ。魔物達だ。囲まれている――魔物の軍勢が申し合わせたように叫んだ。

「「「「「とりっくおあとりーと!!」」」」」



 草原のど真ん中で勃発した菓子の取り合いを、少し離れた木陰でクロードは眺めていた。
 わざわざ外に持ち出したテーブルにはクッキーやマフィンといった、今まさに草原で飛び交っているお菓子のお裾分けが並んでいる。
 もちろん、愛しい婚約者が用意したものだ。

「今日も僕のアイリーンは可愛いな」
「気合い入りまくってらっしゃいますよねぇ。魔女の仮装までして」

 クロードに紅茶を用意しながらキースが答えた。
 魔物のいたずらを阻止すべく、アイリーンは大量に用意した手作りの菓子をばらまいている。手伝っているオベロン商会の面々も投射機を持ち出して、アーモンド率いるカラスの空軍を撃墜していた。菓子が欲しいだけの魔物は平和に並んでいるが、アイリーンに遊んで欲しくてたまらない魔物はなんとかして出し抜こうとあれこれ画策しては、クッキーを口に放り込まれたり頭に飴をぶつけられたりしている。
 どうもお菓子を受け取ったり食べたりしたら、いたずらをできなくなるというルールらしい。

「なるほど、あれは魔女の格好なのか……僕も彼女に合わせて仮装したいのだが」
「大丈夫ですよクロード様。今日のお召し物は魔王の仮装ですから魔女にはぴったりです」
「魔女にぴったりなのか。なら魔王でいいな」

 昨日も魔王だった気がするが、あまり気にせずクロードは観戦に戻る。
 数は魔物に分があるが、オベロン商会の面々は優秀だ。作戦――おそらくアイザックが立案したものだろう――にはまってどんどん脱落している。しかもアイリーン達の味方につけば二個目のお菓子がもらえると、裏切りまで示唆しているようだ。そのせいで魔物が仲間割れを起こし始めている。指揮をとるベルゼビュートが「卑怯だぞ!」と叫び、アイリーンは「なんて他愛ない」と完全に悪役の顔で高笑いしていた。楽しそうである。

「……やはり僕も参加したい」
「だめですよ、アイリーン様に言われたでしょ。魔物の訓練なんだから、クロード様は手を出しちゃ駄目です!って」
「だが、どう見ても遊んでいるじゃないか。僕だけ仲間はずれだ」
「いつものことじゃないですか」
「キース……今のはちょっと傷ついた……」
「寒いんで風吹かすのやめてください。――おや」

 キースが横のしげみに視線を動かしたのにつられて、クロードも顔を上げる。がさがさとしげみが揺れて、まずアーモンドがひょっこり顔を出した。その次にがさっと白い前脚が出てくる――アーモンドを頭の上に乗せたリボンだった。
 それぞれマントを羽織ったり帽子をかぶったり、小さなカボチャの飾りまでつけて仮装している。アーモンドをのせたままのリボンが歩くたび、ちりんちりんと鈴が鳴った。

「どうした、可愛い格好をして」

 ひょこひょこ足下までやってきた一羽と一匹は、クロードの言葉に全身をぶあっとふくらませた。

「可愛イ……俺様、カワイイ!」
「きゅいきゅいきゅいっ」
「どうしたんです? お菓子もらえなくていいんですか?」
「アツメタ!」

 自慢げにアーモンドがマントをばさっと広げ、リボンもぶるっと頭を振るわせて帽子を落とす。とたん、マントと帽子からどさどさと飴やらクッキーやらが落ちてきた。
 それらを拾い直して、キースが感心する。

「取りこぼしを集めたんですか。考えましたねえ」
「俺様、タクサン! アトデ食ベル!」
「お前達は賢いな」
「賢イ……俺様、カシコイ!」
「きゅいいぃ……!」
「それで、どうしたんだ? まだアイリーンがお菓子を配っているぞ」

 全身を震わせてでれでれしていたアーモンドとリボンがはっとなる。もじもじしながら顔を見合わせ、クロードをつぶらな瞳で見上げ――声をそろえて言った。

「「とりっくおあとりいと!」」

 ぱちりとクロードはまばたいたあとで、ふわりと微笑んだ。
 菓子店まるまる一軒分ここに転移させたい気分だが、そうもいかないので、テーブルの上に残っているクッキーを手に取り、差し出す。

「これで許してもらえるだろうか?」
「きゅい……!」
「魔王サマ! 俺様アーモンド! アーモンドクッキー!」
「アーモンドにリボン! なにをしてるの!」

 草原の方から飛んできた声に、ぎくっとアーモンドとリボンが首を竦める。
 ざくざくと大股で歩いてきたアイリーンは、眉をつり上げていた。

「今日はわたくしがお菓子を用意するから、クロード様にお願いするのはナシだって約束したでしょう」
「きゅぅ……」
「アイリーン、オニヨメ……」
「なんですって!?」

 ぴゅっと慌ててリボンとアーモンドがクロードの椅子の背後に隠れた。
 クロードの正面に仁王立ちする格好になったアイリーンは、両腕を組んで嘆息する。

「クロード様もクロード様です。この子達にあげたら他の子はどうしますの」
「いいじゃないか、少しくらい」
「いけません。少し少しって、そうやってクロード様はすぐ魔物達を甘やかすんですから!」
「そんなことはない。むしろ君がもっと甘くなるべきだと僕は思う」
「まさか、わたくしが厳しいとでもおっしゃるの?」
「そうだな。僕を仲間はずれにしている」

 ほんの少しそっぽを向いて不満を口にすると、アイリーンはつり上げていた眉をさげ、きょとんとした。

「ちゃんとクロード様のお菓子は用意しましたわよ?」
「だったら魔物と遊んでばかりで恋人の僕を放置していいとでも?」
「ほ、放置などしていませんわ。わたくしはただ、魔物達がいたずらしないようにと」
「なるほど、僕がいたずらを企めば君はかまってくれるのか」
「そ、そういう問題では……」

 勢いをなくし、もごもごと口ごもったあとでアイリーンははっと我に返ったようだった。

「ま、またそうやって話を変な方向に……ご、ごまかされませんわよ! アーモンドとリボンの話なんですから!」
「アーモンドもリボンもとっくに逃げているが」
「で……ではわたくしも戻りますので!」

 ぷいっとアイリーンがそっぽを向いてきびすを返そうとする。
 その腕をクロードはつかんだ。

「君はもっとお菓子のように甘くていい、アイリーン」

 怒ったそぶりで耳まで赤くなっていることには気づいているけれど、見逃す理由は特にないので、クロードは耳朶にその言葉を吹き込む。

「Trick or Treat?」

 甘いお菓子になるか、いたずらか。
 選ぶのはアイリーンである。

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#悪ラス
2018年プライベッター初出

小説


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