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No.19
『君との恋は前途多難』
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「オーギュスト、今日誕生日でしょ? はい、プレゼント!」
差し出されたのは、リボンでシンプルに飾られたハンカチだった。刺繍でオーギュスト・ツェルムと名前が縫い込まれている。他にも細かく、だが華美ではない模様が名前のそばに刺繍されていた。間違いなく、用意された手作りだ。
(誕生日とか、よく調べたなあ)
言ったことはないはずだ。とはいえ、どこからかわかってしまうものなのだろう。
既に幾人かの女子生徒からお菓子から本までプレゼントされていた。ハンカチも多分五枚目くらいだ。
両手はもういっぱいで、受け取ろうにも手を差し出せない。だがきちんとお礼は口にする。
「ありがとうな、セレナ。でも今、両手がふさがってて」
「よね。じゃあもう使ってくれる?」
「は? え、ちょっと待っ――」
「大事にしてね」
リボンをほどき、セレナはオーギュストの制服のポケットにハンカチをつっこんでしまった。いたずらっぽく笑ったセレナに、オーギュストは半分呆れ、半分感心する。
(これで俺、ハンカチ使わざるを得ないというか、使っちゃうよなあ)
仕舞いこんで使わない可能性はこれで消えた。
狙ったのかな、と思う。自惚れるつもりはないが、にぶくはない。そういうことはなんとなく察してしまう。
悲しいことに、自分ではなく、生徒会役員で見目がよくて誰からも羨ましがられそうな、そういう地位が狙われていることにも気づいている。
そして、それを指摘するほど子どもではなくて。
「ありがとうな」
当たり障りなく無難にそう答えると、ちょっとセレナは当てが外れたような残念そうな顔をした。でもめげずに、放課後の予定とかさぐりを入れてくる会話をのらりくらりかわす。
わかってるのに、と思っていた。
あからさまな何かを訴えるハンカチ。上等な絹ではなく麻で、刺繍こそこっているが糸は平凡で授業で使うようなものだ。手はこんでいるが質素で、そしてオーギュストの性格から絹よりは麻の方が使いやすいだろうという気遣い――ジルベール伯爵家のご令嬢なのに、というそういうアピールをこめたのだろう。
(ギャップ狙いってこういうのかー。なんだかな……)
自分を好きじゃないなんて、なにかそういう、誰かに羨ましがられるような何かになりたがってるだけなんて、わかっていた。事実そうだっただろう。
でも、本当にそうだったのだろうか。
彼女は本当に、オーギュストが気づいていることに気づいていなかったのだろうか。
ジルベール伯爵家で使用人同然の扱いを受けていた彼女があのハンカチを用意するのは――実はとても大変だったんじゃないのか、なんて。
(今になって、聞けない)
■
「オーギュスト、お前、何、花束なんか持ってんの」
「あ、先輩」
おはようございます、と挨拶をしてからオーギュストは手に持った小さな花束に目を落とした。
「配ってたんですよー。朝飯買いに言ったパン屋で。訓練所に置こうかなと思うんだけど……」
「やめとけやめとけ、花瓶もねーしすぐ枯れるわ」
笑う先輩騎士の言うことはもっともだ。
エルメイア皇国聖騎士団は、魔物退治の遠征も多いからか完全な男所帯だ。剣技や体術といった強さだけではなく難易度の高い試験を突破する頭脳の持ち主を集められ、皇帝から紫のマントを下賜された直属のえりすぐりの騎士達。という肩書のわりに、宿舎にしろ訓練所にしろとにかくむさくるしい。それなりに整理整頓はされているが、部屋に花を飾ればさぞかし浮くだろう。
皇都の警備を主にしている騎士団は女性騎士もいて、貴族の子息も多いだけに、きちっとどこの場所もぴかぴかに磨き上げられているので、一見すると雲泥の差である。
一応、聖騎士団の方が階級は上なのだが、三度の飯より拷問が好きとか、少数精鋭すぎておかしな人間が多いのだ。筆頭は団長にしてドートリシュ公爵家次男、アイリーンの兄である。会ったことは入団時の一度しかない。なんでも、今はどこぞの火山のふもとに住む古竜との戦いにはまっているそうだ。古竜の方も骨のある人間との戦いに律儀に応じているとかなんとか。もはや魔物退治を目的にしていない。妹の結婚式がもうすぐだというのに帰ってくる気配すらなかった。
そんな情緒を解しない男だらけの所帯の中で暮らすには、手の中の花束はあまりに小さく、可憐すぎた。
(俺の部屋に飾ってもいいけど……ゼームスがうるさいよなー絶対)
妙に律儀な半魔の友人は、枯らすまいと必死になるだろうし、そもそも部屋に花とか柄じゃない。
(誰か女の子……アイリーンはだめだろ、レイチェルも……やめといた方がいいよなー。となると)
誤解されない顔見知りの女の子は一人しかいない。
まだ訓練まで時間はある。昼前なら洗濯場にいるだろう。よし、とオーギュストは花束だけを持って訓練場を出る。
回廊をぐるりと回って小走りに進んでいくと、何人かの顔見知りとすれ違った。挨拶を交わしたり、「オーギュスト様ぁ!」なんていう黄色い声に手を振り返したりする日々は、あの学園の時とあまり変わらないなと思う。
決定的に違うとしたら――さがす役割が、オーギュストになった。そんなことにふと気づく。だからなんだということもないけれど。
「セレナ、誕生日おめでとう!」
ぼんやりとした思考を遮ったのは、そんな言葉だった。
読み通り洗濯場でセレナを見つけたオーギュストは、ぱちぱちと目をまたたく。
(誕生日って)
知らなかった、そんな話。と同時に、手の中の小さな花束を見る。
「ありがとう。わ、可愛いリボン! 手作り?」
「こないだのドレスの裁縫の仕事した時、端切れもらったからそれ。結構いいできでしょ?」
「ちょうど新しいの欲しいところだったの、嬉しい」
セレナはとても外面がいい。内心どう思っているのかは知らないが、女友達も男友達も多く、顔が広いのだ。冷たくあしらわれるオーギュストがなにをしたのかと怪訝に思われることがあった。
「ってすごいじゃないの、この洗濯籠全部贈り物?」
「うん、みんないいって言ってるのに気を遣ってくれて」
それは嘘だろうなと思った。セレナのことだから巧みに誘導して、贈り物をあげたいという気にさせたのだろう。
「あ、ブローチ! すごくきれい。これ誰から? 男でしょ」
「ふふ、内緒」
「こっちは劇団のペアチケットじゃない。なにーデートの誘い~?」
「そんなんじゃないって」
「なになにこれエメラルドじゃない! 指輪よ指輪!」
恥ずかしそうに笑っている下には、したたかで計算高い顔がある。もらった宝飾品の類は全部売り飛ばしかねない、そんな彼女を知っている。
なのに今、この小さくて可愛くて、でも高価なブローチや本物の宝石には届かない、そんな花束を差し出すのはためらわれた。
両手いっぱいにプレゼントを抱えて愛想笑いをするセレナと、一年前の自分が重なる。
あの時、セレナは他の女の子からの高価なプレゼントにもめげず、自分にハンカチを押し付けた。
それはなんて、傲慢で、打算的で、勇気のいることだったのか。
急に恥ずかしくなった。赤くなった顔を隠すようにして、拳を握り、きびすを返す。
自然と早足になり、気づいたら駆け出していた。
何を見たくないのかは、わからなかった。
■
「アイリ! これ見舞い!」
「えっオーギュスト?」
自宅療養をしているアイリーンが、花束を付き出されて目を丸くしている。
肩で息をしたオーギュストは、その顔を見てやっと頭が冷えてくるのを感じた。
ドートリシュ公爵邸に突撃してきたオーギュストをここまで案内してくれた、レイチェルにわたしてもよかったのに――ああ、こういう時に本心が出るのだ。
呼吸を整えて、オーギュストはできるだけいつも通りの笑みを浮かべる。
「アイリーンにわたしたいな、と思って」
そういうことにしたい。
「……」
アイリーンは少し眉根を寄せて沈黙した。そして嘆息して、一人がけの肘掛けに体重を傾けて、頬杖をつく。
「わたす相手が間違っている気がするのだけれど」
「そんなこと」
「……まあいいわ。聞かないであげる」
ほっとした。その間を縫うようにしてレイチェルが紅茶とお菓子をテーブルに並べてくれる。
「でもオーギュスト。ごまかすと高い代償を払うことになるのが世の常よ」
「へ?」
あれ、と目をまたたいた。
レイチェルが並べた紅茶のカップは三つ。三人分だ。
アイリーンが憐れむように目を細めて告げる。
「つまり、クロード様がうしろにいるわ」
そうか、背後から伸びた影と感じる圧はそれが原因か。
自らの死期を悟った気分になった。
■
「オーギュストはまだ自覚していないのか」
オーギュストからもらった花束を手にしながら、クロードが言った。
魔王に花束を捧げて失礼しますと綺麗な騎士の礼をして去って行くことになったオーギュストに同情しつつ、アイリーンは答える。
「そのようですわね。まったく、セレナの誕生日だというのに、こんなことで大丈夫なのかしら」
「ああ、つまりこれは渡せなかった花束か」
オーギュストは自覚していないし、セレナは警戒を通り越して嫌悪している。
この調子でどう進展するのか。前途多難すぎる。
「僕がもらってしまったんだが……しょうがない。セレナに自慢しにいこう」
「なぜそこで譲りにいくのではなく、自慢しにいくのですか」
呆れて尋ねると、クロードは小さな花束をくるりと長い指先で回す。
「欲しいと言えば、譲ってもいい。そういう恋の始まりもいいだろう?」
たぶん、始まらない。
やはり前途多難だなと息を吐く。
ただし、そう言ったクロードが果たしてセレナの元へ向かったのかどうか、アイリーンは知らない。
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#悪ラス
2019年プライベッター初出
『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました4』発売御礼Twitter限定小説
小説
2024/3/19
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No.20 »
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差し出されたのは、リボンでシンプルに飾られたハンカチだった。刺繍でオーギュスト・ツェルムと名前が縫い込まれている。他にも細かく、だが華美ではない模様が名前のそばに刺繍されていた。間違いなく、用意された手作りだ。
(誕生日とか、よく調べたなあ)
言ったことはないはずだ。とはいえ、どこからかわかってしまうものなのだろう。
既に幾人かの女子生徒からお菓子から本までプレゼントされていた。ハンカチも多分五枚目くらいだ。
両手はもういっぱいで、受け取ろうにも手を差し出せない。だがきちんとお礼は口にする。
「ありがとうな、セレナ。でも今、両手がふさがってて」
「よね。じゃあもう使ってくれる?」
「は? え、ちょっと待っ――」
「大事にしてね」
リボンをほどき、セレナはオーギュストの制服のポケットにハンカチをつっこんでしまった。いたずらっぽく笑ったセレナに、オーギュストは半分呆れ、半分感心する。
(これで俺、ハンカチ使わざるを得ないというか、使っちゃうよなあ)
仕舞いこんで使わない可能性はこれで消えた。
狙ったのかな、と思う。自惚れるつもりはないが、にぶくはない。そういうことはなんとなく察してしまう。
悲しいことに、自分ではなく、生徒会役員で見目がよくて誰からも羨ましがられそうな、そういう地位が狙われていることにも気づいている。
そして、それを指摘するほど子どもではなくて。
「ありがとうな」
当たり障りなく無難にそう答えると、ちょっとセレナは当てが外れたような残念そうな顔をした。でもめげずに、放課後の予定とかさぐりを入れてくる会話をのらりくらりかわす。
わかってるのに、と思っていた。
あからさまな何かを訴えるハンカチ。上等な絹ではなく麻で、刺繍こそこっているが糸は平凡で授業で使うようなものだ。手はこんでいるが質素で、そしてオーギュストの性格から絹よりは麻の方が使いやすいだろうという気遣い――ジルベール伯爵家のご令嬢なのに、というそういうアピールをこめたのだろう。
(ギャップ狙いってこういうのかー。なんだかな……)
自分を好きじゃないなんて、なにかそういう、誰かに羨ましがられるような何かになりたがってるだけなんて、わかっていた。事実そうだっただろう。
でも、本当にそうだったのだろうか。
彼女は本当に、オーギュストが気づいていることに気づいていなかったのだろうか。
ジルベール伯爵家で使用人同然の扱いを受けていた彼女があのハンカチを用意するのは――実はとても大変だったんじゃないのか、なんて。
(今になって、聞けない)
■
「オーギュスト、お前、何、花束なんか持ってんの」
「あ、先輩」
おはようございます、と挨拶をしてからオーギュストは手に持った小さな花束に目を落とした。
「配ってたんですよー。朝飯買いに言ったパン屋で。訓練所に置こうかなと思うんだけど……」
「やめとけやめとけ、花瓶もねーしすぐ枯れるわ」
笑う先輩騎士の言うことはもっともだ。
エルメイア皇国聖騎士団は、魔物退治の遠征も多いからか完全な男所帯だ。剣技や体術といった強さだけではなく難易度の高い試験を突破する頭脳の持ち主を集められ、皇帝から紫のマントを下賜された直属のえりすぐりの騎士達。という肩書のわりに、宿舎にしろ訓練所にしろとにかくむさくるしい。それなりに整理整頓はされているが、部屋に花を飾ればさぞかし浮くだろう。
皇都の警備を主にしている騎士団は女性騎士もいて、貴族の子息も多いだけに、きちっとどこの場所もぴかぴかに磨き上げられているので、一見すると雲泥の差である。
一応、聖騎士団の方が階級は上なのだが、三度の飯より拷問が好きとか、少数精鋭すぎておかしな人間が多いのだ。筆頭は団長にしてドートリシュ公爵家次男、アイリーンの兄である。会ったことは入団時の一度しかない。なんでも、今はどこぞの火山のふもとに住む古竜との戦いにはまっているそうだ。古竜の方も骨のある人間との戦いに律儀に応じているとかなんとか。もはや魔物退治を目的にしていない。妹の結婚式がもうすぐだというのに帰ってくる気配すらなかった。
そんな情緒を解しない男だらけの所帯の中で暮らすには、手の中の花束はあまりに小さく、可憐すぎた。
(俺の部屋に飾ってもいいけど……ゼームスがうるさいよなー絶対)
妙に律儀な半魔の友人は、枯らすまいと必死になるだろうし、そもそも部屋に花とか柄じゃない。
(誰か女の子……アイリーンはだめだろ、レイチェルも……やめといた方がいいよなー。となると)
誤解されない顔見知りの女の子は一人しかいない。
まだ訓練まで時間はある。昼前なら洗濯場にいるだろう。よし、とオーギュストは花束だけを持って訓練場を出る。
回廊をぐるりと回って小走りに進んでいくと、何人かの顔見知りとすれ違った。挨拶を交わしたり、「オーギュスト様ぁ!」なんていう黄色い声に手を振り返したりする日々は、あの学園の時とあまり変わらないなと思う。
決定的に違うとしたら――さがす役割が、オーギュストになった。そんなことにふと気づく。だからなんだということもないけれど。
「セレナ、誕生日おめでとう!」
ぼんやりとした思考を遮ったのは、そんな言葉だった。
読み通り洗濯場でセレナを見つけたオーギュストは、ぱちぱちと目をまたたく。
(誕生日って)
知らなかった、そんな話。と同時に、手の中の小さな花束を見る。
「ありがとう。わ、可愛いリボン! 手作り?」
「こないだのドレスの裁縫の仕事した時、端切れもらったからそれ。結構いいできでしょ?」
「ちょうど新しいの欲しいところだったの、嬉しい」
セレナはとても外面がいい。内心どう思っているのかは知らないが、女友達も男友達も多く、顔が広いのだ。冷たくあしらわれるオーギュストがなにをしたのかと怪訝に思われることがあった。
「ってすごいじゃないの、この洗濯籠全部贈り物?」
「うん、みんないいって言ってるのに気を遣ってくれて」
それは嘘だろうなと思った。セレナのことだから巧みに誘導して、贈り物をあげたいという気にさせたのだろう。
「あ、ブローチ! すごくきれい。これ誰から? 男でしょ」
「ふふ、内緒」
「こっちは劇団のペアチケットじゃない。なにーデートの誘い~?」
「そんなんじゃないって」
「なになにこれエメラルドじゃない! 指輪よ指輪!」
恥ずかしそうに笑っている下には、したたかで計算高い顔がある。もらった宝飾品の類は全部売り飛ばしかねない、そんな彼女を知っている。
なのに今、この小さくて可愛くて、でも高価なブローチや本物の宝石には届かない、そんな花束を差し出すのはためらわれた。
両手いっぱいにプレゼントを抱えて愛想笑いをするセレナと、一年前の自分が重なる。
あの時、セレナは他の女の子からの高価なプレゼントにもめげず、自分にハンカチを押し付けた。
それはなんて、傲慢で、打算的で、勇気のいることだったのか。
急に恥ずかしくなった。赤くなった顔を隠すようにして、拳を握り、きびすを返す。
自然と早足になり、気づいたら駆け出していた。
何を見たくないのかは、わからなかった。
■
「アイリ! これ見舞い!」
「えっオーギュスト?」
自宅療養をしているアイリーンが、花束を付き出されて目を丸くしている。
肩で息をしたオーギュストは、その顔を見てやっと頭が冷えてくるのを感じた。
ドートリシュ公爵邸に突撃してきたオーギュストをここまで案内してくれた、レイチェルにわたしてもよかったのに――ああ、こういう時に本心が出るのだ。
呼吸を整えて、オーギュストはできるだけいつも通りの笑みを浮かべる。
「アイリーンにわたしたいな、と思って」
そういうことにしたい。
「……」
アイリーンは少し眉根を寄せて沈黙した。そして嘆息して、一人がけの肘掛けに体重を傾けて、頬杖をつく。
「わたす相手が間違っている気がするのだけれど」
「そんなこと」
「……まあいいわ。聞かないであげる」
ほっとした。その間を縫うようにしてレイチェルが紅茶とお菓子をテーブルに並べてくれる。
「でもオーギュスト。ごまかすと高い代償を払うことになるのが世の常よ」
「へ?」
あれ、と目をまたたいた。
レイチェルが並べた紅茶のカップは三つ。三人分だ。
アイリーンが憐れむように目を細めて告げる。
「つまり、クロード様がうしろにいるわ」
そうか、背後から伸びた影と感じる圧はそれが原因か。
自らの死期を悟った気分になった。
■
「オーギュストはまだ自覚していないのか」
オーギュストからもらった花束を手にしながら、クロードが言った。
魔王に花束を捧げて失礼しますと綺麗な騎士の礼をして去って行くことになったオーギュストに同情しつつ、アイリーンは答える。
「そのようですわね。まったく、セレナの誕生日だというのに、こんなことで大丈夫なのかしら」
「ああ、つまりこれは渡せなかった花束か」
オーギュストは自覚していないし、セレナは警戒を通り越して嫌悪している。
この調子でどう進展するのか。前途多難すぎる。
「僕がもらってしまったんだが……しょうがない。セレナに自慢しにいこう」
「なぜそこで譲りにいくのではなく、自慢しにいくのですか」
呆れて尋ねると、クロードは小さな花束をくるりと長い指先で回す。
「欲しいと言えば、譲ってもいい。そういう恋の始まりもいいだろう?」
たぶん、始まらない。
やはり前途多難だなと息を吐く。
ただし、そう言ったクロードが果たしてセレナの元へ向かったのかどうか、アイリーンは知らない。
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