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No.35
『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(3)』
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再びクロード達の行く先を阻んだ扉は、今度は上から下までぎっしり文字で埋まっていた。
その文字列の圧におののいたジルより前に出たクロードは、文章の出だしの上のほうを見あげて尋ねる。
「あのロリコ――いや、君の夫の字か?」
「は、はい。たぶんですけど」
「……長いな。君宛のようだが」
「確かに……時間もないですし、どこかそれっぽい重要なところだけ読み上げましょう」
そう言ったジルの目の前に、魔力の文字が並んで手紙のように折り重なっておりてきた。
読め、ということらしい。気持ちはわかるとクロードは頷いた。
「君宛てに心をこめてしたためたんだろう。君が読むべきだ」
「えっ……この量をですか?」
「妻に宛てた手紙というものは長くなってしまうものだ。僕にも覚えがある」
「は、はあ……そうなんですね」
ひとまず頷いたジルは今ひとつわかっていない。クロードは重ねて言い聞かせる。
「その一文字一文字に、夫の心がこもっている。読み飛ばす、無視するなどの行為は夫を深く傷つける。夫婦関係に亀裂も入るだろう。夫婦間でやり取りする文章というのは、扱いひとつで戦争をも引き起こしかねない危険な代物だ」
「そ、そこまでのものなんですか……!?」
「決して無下に扱わないように。これは僕のアドバイスだと思ってくれ」
いささか文字もクロードに同意するようにうんうんと上下にゆれている。
真顔のクロードに感化されたのか、ジルは表情をきりっと改めて、頷いた。
「ご忠告、ありがとうございます。では読みあげさせていただきます。――僕のお嫁さんへ。おはよう。朝にこの手紙を書いています。今朝のトーストの焼き加減はうまくいきました。卵の固さや味も、君の好みがわかってきてうまくいったと思います。トマトのソースを案外君が気に入ってくれたようなので、今度から常備しようと思います。そういえば、パンの小麦粉の配合を変えてみました。気づきましたか? スコーンも少しずつ変えているんですが、以前と今とどちらがおいしいか教えてください。そのスコーンに合うジャムも作ろうと思います。君は苺がお気に入りのようだからまずは苺のソースを。でも、パイはベリーがお気に入りなのでそちらも手が抜けません。砂糖もいくつか種類を用意して、ためしてみたいと――」
「いつまで料理の話をしてるんだ!」
つっこみと同時に、今か今かと読むのを待たれている魔力の文字をクロードは踏みつけた。もちろん、魔力なので意味はないのだが、そのまま踏みにじる。
「妻への手紙だろう!? 違うだろう!!」
「へ、陛下は料理が好きなので……っあ、ここから違います! ここから告白なんですが、昨日はこっそり城を抜け出して町におりてみました。君の渡した花束は実はそこで手に入れたものです。花売りの子が小さな花を売っていたのを花束にしてもらって買いました。両親がいないそうです。ですがこれからの季節は花も手に入りにくくなるでしょう。心配です。早急に対策をとらねばならないと僕は決意を新たに――」
「そうじゃない。いや大事だが、そうじゃないんだ。手紙に一番必要なのは、愛の言葉だ」
「陛下は恥ずかしがり屋なのでそういうのは無理なんじゃないかと……」
「だがこれではほとんど子どもの作文だ! まさか、君はこれでいいとでも? 僕は認めないぞ」
「ま、まあそういう話じゃないっていうのは否めませんが……嬉しいですよ。陛下、わたしがきてから楽しいって。今度ピクニックに行こうって書いてくれてますし。そ、それに最後……」
ちょっとジルが口ごもってしまったので、それらしいことが書いてあるのかとクロードは横からのぞき見る。
『君にお礼以外も、そのええと、あの、言えれば……いいんだけれど。その、君がす……す……だって! 男らしく言えるように、頑張ります。僕を引き続き何卒よろしくお願いします』
「……無理しなくてもいいのに、陛下」
照れ隠しのように頬を染めているジルは嬉しそうだが、クロードは納得いかない。
(僕はアイリーンにこんなふうに喜ばれたことがないのに、なぜこんな手紙で……!?)
妻や愛しい婚約者に宛てる手紙とはこのようなものではないはずだ。クロードの矜持にかけて認めることはできない――とまで考えて、ふとにこにこしているジルの姿を改めて見た。
子どもだ。
だから、愛の言葉を綴った手紙がどれほど嬉しいものかわからないのだ。
そういうことにしよう。
意外とあっさり立ち直ったクロードは、気を取り直す。
「それで、結局、今回の問題はなんだ? 読めば自動で扉があくのか?」
「あ、待ってください。まだ追伸がここにあります」
「なになに。『僕を好きだと心をこめて言ってくれれば扉はあきます』」
告白の強制か、悪くない。
だがジルが嘆息と同時に立ち上がり、右拳をものすごい魔力ごと叩きつけた。
何が起こったかわからず呆然とするクロードの前で、ばらばらと扉の欠片と魔力がはがれ落ちていく。
「一日三回までって約束です、陛下」
ぱんぱんと両手を払い、ジルが腰に手をあてて虚空を見あげた。
「しつこくすると、ベッドの間に境界線作りますからね!」
返事はない。しんとしたこの空気こそが返事のように。
平然とした顔で奥へ歩き出したジルに、クロードも続く。ほんの少し、聞いてみた。
「一緒に寝ているのか、毎晩」
「警備や護衛が足りていないので。帝都に戻ればまた変わるかもしれませんが」
「……そうか」
さっきの言い方やこの態度から察するに、主導権は少女にあるのだろう。何もやましいものは感じられない。
ちゃんと大人の男性らしく、なんだかんだ保護者に徹しているようである。なかなかやるなあのロリコン、と思った。
子どもっぽいだけかもしれないが。
一方その頃、お茶を飲んでいる悪役竜帝と悪役令嬢は。
「ジル様、噂には聞いてましたがお強いのね。完全にクロード様がうしろからついてきて守られるポジションになってますわ」
「ベッドに境界線って、どういう意味なんだ……?」
「ああ、枕とかクッションとか使って真ん中に壁を作るんですわよ。わたくしもたまにやります」
「それ、意味あるのか?」
「え? あ、ありますわよ、心理的に。クロード様だってそういうときは一応、配慮してくださいますわ」
「一応?」
「い、一応です」
「それ、意味が」
「あります!」
「ふぅん、そういうものか。まあいい。しつこくしなければ一生ベッドに境界線を作らなくていいってことだ。詰めが甘いな、僕のお嫁さんってば」
言質をとったと言わんばかりの無邪気で残酷な笑顔を見なかったことにして、アイリーンは紅茶を飲んだ。
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#悪ラス
#やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その3
小説
2024/4/3
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その文字列の圧におののいたジルより前に出たクロードは、文章の出だしの上のほうを見あげて尋ねる。
「あのロリコ――いや、君の夫の字か?」
「は、はい。たぶんですけど」
「……長いな。君宛のようだが」
「確かに……時間もないですし、どこかそれっぽい重要なところだけ読み上げましょう」
そう言ったジルの目の前に、魔力の文字が並んで手紙のように折り重なっておりてきた。
読め、ということらしい。気持ちはわかるとクロードは頷いた。
「君宛てに心をこめてしたためたんだろう。君が読むべきだ」
「えっ……この量をですか?」
「妻に宛てた手紙というものは長くなってしまうものだ。僕にも覚えがある」
「は、はあ……そうなんですね」
ひとまず頷いたジルは今ひとつわかっていない。クロードは重ねて言い聞かせる。
「その一文字一文字に、夫の心がこもっている。読み飛ばす、無視するなどの行為は夫を深く傷つける。夫婦関係に亀裂も入るだろう。夫婦間でやり取りする文章というのは、扱いひとつで戦争をも引き起こしかねない危険な代物だ」
「そ、そこまでのものなんですか……!?」
「決して無下に扱わないように。これは僕のアドバイスだと思ってくれ」
いささか文字もクロードに同意するようにうんうんと上下にゆれている。
真顔のクロードに感化されたのか、ジルは表情をきりっと改めて、頷いた。
「ご忠告、ありがとうございます。では読みあげさせていただきます。――僕のお嫁さんへ。おはよう。朝にこの手紙を書いています。今朝のトーストの焼き加減はうまくいきました。卵の固さや味も、君の好みがわかってきてうまくいったと思います。トマトのソースを案外君が気に入ってくれたようなので、今度から常備しようと思います。そういえば、パンの小麦粉の配合を変えてみました。気づきましたか? スコーンも少しずつ変えているんですが、以前と今とどちらがおいしいか教えてください。そのスコーンに合うジャムも作ろうと思います。君は苺がお気に入りのようだからまずは苺のソースを。でも、パイはベリーがお気に入りなのでそちらも手が抜けません。砂糖もいくつか種類を用意して、ためしてみたいと――」
「いつまで料理の話をしてるんだ!」
つっこみと同時に、今か今かと読むのを待たれている魔力の文字をクロードは踏みつけた。もちろん、魔力なので意味はないのだが、そのまま踏みにじる。
「妻への手紙だろう!? 違うだろう!!」
「へ、陛下は料理が好きなので……っあ、ここから違います! ここから告白なんですが、昨日はこっそり城を抜け出して町におりてみました。君の渡した花束は実はそこで手に入れたものです。花売りの子が小さな花を売っていたのを花束にしてもらって買いました。両親がいないそうです。ですがこれからの季節は花も手に入りにくくなるでしょう。心配です。早急に対策をとらねばならないと僕は決意を新たに――」
「そうじゃない。いや大事だが、そうじゃないんだ。手紙に一番必要なのは、愛の言葉だ」
「陛下は恥ずかしがり屋なのでそういうのは無理なんじゃないかと……」
「だがこれではほとんど子どもの作文だ! まさか、君はこれでいいとでも? 僕は認めないぞ」
「ま、まあそういう話じゃないっていうのは否めませんが……嬉しいですよ。陛下、わたしがきてから楽しいって。今度ピクニックに行こうって書いてくれてますし。そ、それに最後……」
ちょっとジルが口ごもってしまったので、それらしいことが書いてあるのかとクロードは横からのぞき見る。
『君にお礼以外も、そのええと、あの、言えれば……いいんだけれど。その、君がす……す……だって! 男らしく言えるように、頑張ります。僕を引き続き何卒よろしくお願いします』
「……無理しなくてもいいのに、陛下」
照れ隠しのように頬を染めているジルは嬉しそうだが、クロードは納得いかない。
(僕はアイリーンにこんなふうに喜ばれたことがないのに、なぜこんな手紙で……!?)
妻や愛しい婚約者に宛てる手紙とはこのようなものではないはずだ。クロードの矜持にかけて認めることはできない――とまで考えて、ふとにこにこしているジルの姿を改めて見た。
子どもだ。
だから、愛の言葉を綴った手紙がどれほど嬉しいものかわからないのだ。
そういうことにしよう。
意外とあっさり立ち直ったクロードは、気を取り直す。
「それで、結局、今回の問題はなんだ? 読めば自動で扉があくのか?」
「あ、待ってください。まだ追伸がここにあります」
「なになに。『僕を好きだと心をこめて言ってくれれば扉はあきます』」
告白の強制か、悪くない。
だがジルが嘆息と同時に立ち上がり、右拳をものすごい魔力ごと叩きつけた。
何が起こったかわからず呆然とするクロードの前で、ばらばらと扉の欠片と魔力がはがれ落ちていく。
「一日三回までって約束です、陛下」
ぱんぱんと両手を払い、ジルが腰に手をあてて虚空を見あげた。
「しつこくすると、ベッドの間に境界線作りますからね!」
返事はない。しんとしたこの空気こそが返事のように。
平然とした顔で奥へ歩き出したジルに、クロードも続く。ほんの少し、聞いてみた。
「一緒に寝ているのか、毎晩」
「警備や護衛が足りていないので。帝都に戻ればまた変わるかもしれませんが」
「……そうか」
さっきの言い方やこの態度から察するに、主導権は少女にあるのだろう。何もやましいものは感じられない。
ちゃんと大人の男性らしく、なんだかんだ保護者に徹しているようである。なかなかやるなあのロリコン、と思った。
子どもっぽいだけかもしれないが。
一方その頃、お茶を飲んでいる悪役竜帝と悪役令嬢は。
「ジル様、噂には聞いてましたがお強いのね。完全にクロード様がうしろからついてきて守られるポジションになってますわ」
「ベッドに境界線って、どういう意味なんだ……?」
「ああ、枕とかクッションとか使って真ん中に壁を作るんですわよ。わたくしもたまにやります」
「それ、意味あるのか?」
「え? あ、ありますわよ、心理的に。クロード様だってそういうときは一応、配慮してくださいますわ」
「一応?」
「い、一応です」
「それ、意味が」
「あります!」
「ふぅん、そういうものか。まあいい。しつこくしなければ一生ベッドに境界線を作らなくていいってことだ。詰めが甘いな、僕のお嫁さんってば」
言質をとったと言わんばかりの無邪気で残酷な笑顔を見なかったことにして、アイリーンは紅茶を飲んだ。
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