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『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(2)』



 部屋から出ると、そこはもう森の古城ではなくなっていた。ジルも驚いたようで、きょろきょろ周囲を見回している。
 天鵞絨の絨毯が敷かれた赤い廊下だ。壁は真っ白で、燭台もないのに明るい。だが高すぎて天井は見えず、廊下の先も距離があるため何があるかわからない。横幅は大人が四、五人並んで歩けるのがせいぜいの細長い一本道の通路である。
 背後を見ると、出てきた部屋の扉がなくなっていた。
 まっすぐ奥に進めということなのだろう。

「あまり離れずいこう。一応、何があるかわからない」
「はい」

 頷いてジルがしっかりした歩調で歩き始める。
 だが、十歳の少女だ。歩調を合わせながら、抱きあげてしまおうかと思ったが、人妻であることを思い出す。失礼だろうか。

(いや、さっきはロリコンが僕の妻を抱いていた。仕返してやってもいいのでは?)

 だが、ロリコンだったら妻は対象外のはずだ。年下相手に目くじらをたてるのは大人げないのかもしれない。同じことに怒っていいジル自身も気にしていないようだ。それとも自分の前だからあえて気丈に振る舞っているのか。
 妻は美人だ。こんな小さな子にとってあの女性らしい肢体も気品も美しさも憧れるものだろう。そんな女性を夫が抱いていたら不安に思うものだ。その心情を思うと胸が痛む。でも夫はロリコンだから大丈夫なのか。それでいいのだろうか? つまり妻がこのくらいの年齢だったらロリコンの反応が違うということになる。なんていびつな――いや、妻なら子どもになっても可愛い。間違いない。すさまじい忍耐力が強いられるだろうが、クロードは待つ自信がある。彼女が成長していくのを見守るのはとても楽しいだろう。そう考えるとなるほど、ロリコンとはひょっとしてドMなのか。しかも、ロリコンだったら成長したらジルを捨てるはずである。なんということだ、少なくともクロードには無理だ。なんのために成長を見守ったのか、といっそ呆れる。やっぱりロリコンはドMだ。しかし、問題は悪い大人に騙された少女の今後だ。今のうちになんとかすべきではないか。まさかこんないたいけな少女を妻にしておいて、そのような横暴が断じて許されるわけがない。
 つまり問題はなんだったか。そう、妻は幼くなっても可愛い。うん、それだ。

「クロード様、わたしのうしろへ」

 いつの間にか突き当たりの扉にきていた。前に出たジルに、クロードは眉をひそめる。

「あぶない」
「ですから、わたしにおまかせを。お守り致しますので」

 その毅然とした態度に、護衛されることにすっかり馴染んでいたクロードはつい頷き返しそうになって我に返った。

「――何か、しかけがありますね」
「だから、君は僕のうしろに」
「大丈夫ですよ。この通路も扉も、陛下が魔力で作った空間です。陛下はわたしを危ない目にあわせたりしません」

 ロリコンである限りはそうだろう。いじらしい少女の信頼にクロードは目頭を押さえたくなった。

(まあ、見たところこの少女はしっかりしてそうだが……)

「何か扉の上のほうに文字が浮かび上がってますね。陛下の魔力です。あれが扉を開く鍵でしょうか?」
「だが、字はアイリーンだな。設定が雑すぎないか?」

 普通、さらった本人が書くものじゃないのか。雑すぎる状況設定である。
 クロードでも首を上に持ちあげないと見えない文字を読もうとしていると、距離をとったりはねたりして読もうとしているジルに気づいた。

「君がもしよければ、抱きあげるが」
「えっでもそれではクロード様をお守りすることができませ――」

 すーっと浮かび上がっていた文字がジルの目線の高さまでおりてきた。

「……」

 なるほど、さわるなということか。
 なぜ最初からこうしないのか。気が利くのか利かないのか、妙に腹の立つロリコンだ。
 とりあえずジルに尋ねてみる。

「なんて書いてあるんだ?」
「えーっと。クロード様への質問みたいです。……今までにつきあった女性の数は?って、ありますけど……」
「……」
「…………」

 しゃがんでクロードは魔力でできた文字を読む。
 それからなるほど、と頷いた。

「正解しないと通れない、ということか」
「……そ、そうだと思いますが……あの、奥様が正解をご存じだということに……?」
「と見せかけて、情報を引き出そうとするやつだ」
「つまりクロード様はばれてない自信がある……」
「何か言ったか?」

 いえ、と首を振った彼女はとても賢い。社会の仕組みをよくわかっている。

「妻以外いない。だからひとりだ」

 微笑んで答えたクロードに、扉はうんともすんとも言わなかった。
 しばしの静寂のあとで、おそるおそるジルが言う。

「開きません、ね……その……不正解……」
「僕の妻は本当に可愛い」

 つぶやいたクロードは一歩前に踏み出し、魔力を爆発させた。
 さすがにクロードの全力には耐えきれなかったのか、扉が魔力ごと爆散する。

「さあ、行こう」
「そうですね」

 空気が読める賢い少女は驚きもせず、頷き返した。 




 一方その頃、その様子を見ていた悪役竜帝と悪役令嬢は。

「ハディス様! クロード様に壊されましたわよ!?」
「すごい殺気だったなあ。それにただのしかけだし、そこまで強くは作ってないから」
「大切な! 質問だったんですのよ! 考えに考えて選びに選び抜いた質問でしたの! もう一回やり直してくださいな!」
「でも、君ひとりだってちゃんと答えてたじゃないか、彼」
「そんなこと信じる女がどこにおりますの、あの顔で! ハディス様だってそう思うでしょう!?」
「顔のことはともかく、本当だと思うよ」
「えっ……え、本気で……本当にそう思います?」
「僕は世間知らずなほうだけど、彼の言ってることは本当だと思う」
「そ、そうですか……まあ、ハディス様がそうおっしゃるなら……マフィンすごくおいしいですし……」

 彼の中では、という言葉を心の内でつぶやくくらいには、ハディスの中にも良識はある。

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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その2

小説

『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(1)』



「お初にお目にかかります、クロード・ジャンヌ・エルメイア皇帝陛下。ジル・サーヴェルと申します!」

 かつ、と軍靴を踵で鳴らして綺麗な敬礼を見せた少女に、クロードはぱちくりと目をまばたいた。
 そのあとで、ああと本日の訪問客のリストを見る。
 そして名前と訪問理由だけを確認して、少女に目を向けた。

「話には聞いている、ジル嬢。新作の主人公との年末年始特別クロスオーバーイベントだとか」
「そのようにわたしも聞いております。クロード様のご活躍はかねがね耳にしておりましたので、ご一緒できるなんて光栄です」

 ぴしっと背筋を伸ばしたままよどみなく答える少女に、クロードは滅多に動かさない眉をひそめた。

「不躾なことを言うが、本当に十歳なんだな」
「はい、そうです」
「……その、既に十九歳のヒーローと結婚したとか小耳にはさんだのだが、妻から」
「すでに情報収集をなさっているのですね。さすがです」

 つまりロリコ――と口にしかけたクロードは、十歳の少女を前で口にしていい言葉ではないと判断した。
 執務机の前にある応接ソファに腰かけるようすすめると、ジルが失礼しますと言い置いて、クロードの真向かいの席に腰をおろした。礼儀正しい少女である。
 ふかふかのソファに沈むかと思いきや、きっちり姿勢を保ったままでいた。素晴らしい体幹だ。

「ところで、ロリコ――いや、君の夫はどこに?」
「それが、何やら用事があるとかで、あとからくると。わたしだけ先に行っているように言われました」
「そうか。僕も妻から遅れると言付けがあって……ああ、そうだ。君がきたらこれを一緒に見るようにと言われていた」

 懐から封書を取り出す。
 妻とこの少女は初対面のはずだが、何やら女性同士で会う前に伝えておきたいことでもあるのかもしれない。
 ペーパーナイフと一緒に渡すと、礼儀正しい少女は、礼を述べてから封を切り、クロードにも見えるよう折り目を伸ばして間のテーブルに置いた。

『「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました&やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」クロスオーバー交流企画(長い)
お前の妻は預かった。返して欲しければ三つの扉を突破して助けにこい!』

「いくらなんでも雑すぎる」
「はーっはっはっは!」

 思わずつっこんだクロードの声にかぶさるようにして、空中から笑い声が響く。
 顔をあげて、ジルが叫んだ。

「陛下!? な、何してるんですか他人様のうちで!」
「魔王! お前の妻は僕が預かった! 返して欲しければ何か難問を突破してどうにかするんだな!」
「きゃークロード様、わたくしとしたことが捕まってしまいました! 助けてくださいませ!」

 棒読みでなんか声をあげているのは他でもないクロードの妻・アイリーンである。
 何がなんだかわからないが、とりあえず自分以外の男が妻の腰を抱いているのはいただけない。妻を自分の腕の中に転移させようとした瞬間、ばちっと音がして弾かれた。
 眉をひそめたクロードに、ふっと妻をさらおうとしているらしい男が笑う。年下だろう、笑みにまだ子供っぽさが残っている。

「そんなものがこの竜帝たるハディス・テオス・ラーヴェにきくわけないだろう! そこで指をくわえて眺めて――」
「陛下!」

 ずいっと進み出たジルに、男が目を向ける。

「ジル……」
「何をしてるんですか、お茶をするって準備してませんでした!?」
「何を言っているのだかわからないな」
「なんですかその悪役の台詞は! いいからおりてきてください! そちらのご令嬢はクロード様の奥方様では?」
「なぜなら僕は耳栓をしているからだ!」

 しんとその場が凍り付いた――というよりは、白けた。
 だが自信満々で男は続ける。

「君に離婚だの嫌いになるだの言われたら僕は心臓がとまる……だから僕は考えた! 君に軽率に心臓をとめられない方法を、編みだしたんだ……!」
「……それ以外のことにその頭のよさを使ってもらいたかったです、陛下……」
「つまり何を言っているかわからない! でも君は僕のお嫁さんだからな! 悪いことをする僕をちゃんと止めにこないとだめだぞ!」
「そうですわよ! クロード様もわたくしを助けにきてくださいませ!」

 よくわからない宣言と、ぱあんとクラッカーを鳴らすような派手な音と紙吹雪は、まさか演出だろうか。
 あとはしんとした部屋に、げんなりした顔のジルともはや表情をなくしたクロードが取り残される。

「すみません……うちの、陛下が……」
「いや、うちの妻もだ。すまない。というか企画は作者だろう? 最初は僕と彼の書き分けができているか不安で習作を書いていたらいつのまにか増えに増え、こうなったとか」
「そうみたいですね。陛下とクロード様、全然違うのに」

 今、ひょっとしてのろけられたのか。
 凝視するクロードの前で、ひたすら落ち着き払ったジルが確認する。

「いかなきゃいけないんですよね、おそらく」
「……そうだろうな」

 無視したら面倒だろう。意外と真面目なふたりは同じ結論を出して、同時にため息を吐いた。



 その頃、悪役竜帝と悪役令嬢といえば――

「さあっおふたりがくるまでに準備に取りかかりましょう! これは作者からのミッションです!」
「わかっている。まずはそうだな、サンドイッチにスコーン、サラダもバランス的には欲しい……」
「何を用意するつもりなんですのハディス様!?」
「何って、歓迎会の用意だろう?」
「違います! わたくしは囚われのお姫様なんですのよ、こう、鎖とかなんか色々つけて怪しい雰囲気にしてくださいませ!」
「いやでも、ジルがおなかをすかせるかもしれないし」
「う。そ、そうですわね……十歳の女の子ですものね……クロード様、ちゃんと守ってくださるかしら」
「大丈夫だ、ジルはしっかりしてるし。とりあえず君も座ったらどうかな。作り置きのマフィンがあるよ」
「まあ……そ、そうですわね。お茶をいただきながらゆっくり作戦を立てましょう」

 ――などと、お茶を飲み始めていた。

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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その1

小説

あれっXにログインできない?
今こそこのてがろぐの使い時、個人サイトを作った価値を再確認するとき!?(嬉しそう)

本日のお仕事は年表の精査です。
年表、2024verとかファイル名についてるのがおかしいと常々思っている。

#やり竜

制作メモ

実は本日、ジルの誕生日です(コミックス1巻初版限定特典参照)
アニメではまだ10歳、原作ではもう12歳、ネタバレになりますがコミカライズ最新話では11歳と、今年は見事にばらけましたね~!
陛下は当日、お祝いしたいと待ち構えてるはずですが実は

11歳の誕生日は陛下捕縛中。
12歳の誕生日は先帝喪中。

でっかい誕生日ケーキも部下の給与も払われない状況では作れると思えないし、喪中もさすがにねえ……。
という有り様で一度もまともに本編でお祝いされてないんですが、13歳の誕生日は三度目の正直か一度あることは二度あるのか(遠い目)
まあこっそりふたりでお祝いしてるんじゃないですか。
12歳の誕生日は祝★竜妃爆誕会をできない陛下が泣きわめいて不謹慎発言しまくりそうなので、今日一日ジルと一緒にいていいから表に出るな黙ってろ!!とふたりでハディスの宮殿に監禁され、陛下のお部屋で「今年こそ巨大ケーキを作る予定だったのに」とかぐちぐち言いながら精一杯大きく作った陛下のお手製ケーキをふたりであーんしてると思います。

#やり竜

小ネタ

サイト作ったし、Xのサブスクリプション解約するかどうしたもんかと思ったけど、アニメあるしあと1年はXがまだ頑張ってそうってことで青バッジのまま頑張ろうと思います。なにげに長文投稿が便利。

こっちはまた時間が出来次第小説ぽちぽち移します。

X(Twitter)の青バッジ、一年契約なのでもうそろそろ切れる頃合いなんだけど、どうしようかな。
でも契約したの去年の入院中だったので3月半ばだったような…あれ…ひょっとして:自動更新

おわっっっったぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!
いや全然終わってないけど、何ひとつとして終わってないけど、終わった、終わりました、終わったんですよ!!
いっそもう本当に終わっていいんじゃないかな!?ってくらい終わった。
連載が始まるのは見直してからなのでまだもう少しかかりますがひょっとして本編は一年ぶりの連載ですかね……?
久しぶりにログインしたらなろうのUIが様変わりしててて戸惑ってますが、頑張ります。


やっべえこの先マジで書ききる(処理できる)自信ないんですけど、これがあれか、竜騎士団とかいちまんの兵とかぶん投げられた柚先生が「プラスウルトラの気持ちで描いてる」って仰ってるときの気持ちなのかしら…などと思いながら天井を眺めてます。
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#やり竜 #進捗

制作メモ

7部、あとエピローグだけのところで、今、息切れしており…なんなの息止めて書いてたの私?
エピローグ残ってんのにもう力尽きてる…書くのは明日だけどもう燃え尽きてそう…。
あとこういう風にぶっちぎって書いたものは私の経験上、あとから見返すと修正しまくらないと使えないろくでもない出来である場合が多く(ばたり)

いやーでもアドレナリンどばどばで書くのは気持ちいいです。
たまにしか起こらないけど。ものすっっっごい疲れるけど。

ずーーーっとずっと仕込んでたネタがやっと書けました。何年越しだ?
ここまで書かせてもらえたことに感謝します。


#やり竜
#進捗

制作メモ

『名前の呼び方、ひとつだけ』



「ジーーールジルジルジルジルジルジルージーールーー!」
「何回も呼ばなくても聞こえてます、陛下。なんですか?」

 正面に立つと、ハディスがジルの目線の高さに合わせてしゃがんだ。ジルが近づいてハディスがとる行動は、しゃがむか抱きあげるかの二択だ。
 そしてしゃがむときは、話をするとき。だんだんわかってきた。

「僕の紫水晶」

 懐かしいというには聞き覚えのある呼びかけに、ジルはきょとんとする。

「僕のお嫁さん」
「……はい、そうですが」
「僕の婚約者」
「……対外的にはそうです」
「竜妃って呼ばれたりする?」
「……カミラとかジークには、たまに。あとはラーヴェ様が」
「紫水晶は捨てがたいな。頑張って考えたから」
「……はい?」
「でも、ジル」

 かみしめるように呼んでから、ハディスが破顔した。

「うん。ジル。ジル。やっぱり名前がいちばんだ。呼べるんだから。ジルジルジルジーールジルジルジル」
「さっきからなんなんですかいったい!?」
「よし決めた!」

 今度はいきなり抱きあげられた。わけがわからないままジルに、ハディスが嬉しそうに決める。

「僕が皇帝のときは、紫水晶って呼ぶ」
「は、はあ……」
「でも、ふたりっきりのときはジルって呼ぶ。どう!?」

 なるほど、名前の呼び方を考えていたのか。

(そんな使い分けして、意味があるんだろうか……)

 だが、ジルの肩に顔を埋めたハディスはご機嫌だ。

「君の名前を呼ぶのは、とくべつな時間がいい」

 ぐっと何か胸にきたジルは、ごまかすようにちょうど顔の真横にあるハディスの頭をぐしゃぐしゃになでる。

「わっ何するんだジル」
「陛下のばか! 名前なんて普通に呼べばいいんですよ、ふつーに!」
「なんで!?」
「ご自分で考えてください! 当たり前のことなんだから!」

 するりとハディスの腕から抜け出たジルは、怒ってるそぶりで歩き出す。そうするとハディスがうしろからまた「ジールジルジル」とか呼びながらついてきた。
 彼にとってはとくべつで、ジルにとっては当然にしなければならない、そんなひとときである。

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#やり竜
サイト書き下ろし、かもしれない
(データの日付けによると2020年に書いていたらしいですが呼び分ける設定ごと忘れた模様)

小説



おっきい~~~~!
陛下がいたら写真めちゃくちゃとって現物ほしがりそう。


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