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『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(3)』



 再びクロード達の行く先を阻んだ扉は、今度は上から下までぎっしり文字で埋まっていた。
 その文字列の圧におののいたジルより前に出たクロードは、文章の出だしの上のほうを見あげて尋ねる。

「あのロリコ――いや、君の夫の字か?」
「は、はい。たぶんですけど」
「……長いな。君宛のようだが」
「確かに……時間もないですし、どこかそれっぽい重要なところだけ読み上げましょう」

 そう言ったジルの目の前に、魔力の文字が並んで手紙のように折り重なっておりてきた。
 読め、ということらしい。気持ちはわかるとクロードは頷いた。

「君宛てに心をこめてしたためたんだろう。君が読むべきだ」
「えっ……この量をですか?」
「妻に宛てた手紙というものは長くなってしまうものだ。僕にも覚えがある」
「は、はあ……そうなんですね」

 ひとまず頷いたジルは今ひとつわかっていない。クロードは重ねて言い聞かせる。

「その一文字一文字に、夫の心がこもっている。読み飛ばす、無視するなどの行為は夫を深く傷つける。夫婦関係に亀裂も入るだろう。夫婦間でやり取りする文章というのは、扱いひとつで戦争をも引き起こしかねない危険な代物だ」
「そ、そこまでのものなんですか……!?」
「決して無下に扱わないように。これは僕のアドバイスだと思ってくれ」

 いささか文字もクロードに同意するようにうんうんと上下にゆれている。
 真顔のクロードに感化されたのか、ジルは表情をきりっと改めて、頷いた。

「ご忠告、ありがとうございます。では読みあげさせていただきます。――僕のお嫁さんへ。おはよう。朝にこの手紙を書いています。今朝のトーストの焼き加減はうまくいきました。卵の固さや味も、君の好みがわかってきてうまくいったと思います。トマトのソースを案外君が気に入ってくれたようなので、今度から常備しようと思います。そういえば、パンの小麦粉の配合を変えてみました。気づきましたか? スコーンも少しずつ変えているんですが、以前と今とどちらがおいしいか教えてください。そのスコーンに合うジャムも作ろうと思います。君は苺がお気に入りのようだからまずは苺のソースを。でも、パイはベリーがお気に入りなのでそちらも手が抜けません。砂糖もいくつか種類を用意して、ためしてみたいと――」
「いつまで料理の話をしてるんだ!」

 つっこみと同時に、今か今かと読むのを待たれている魔力の文字をクロードは踏みつけた。もちろん、魔力なので意味はないのだが、そのまま踏みにじる。

「妻への手紙だろう!? 違うだろう!!」
「へ、陛下は料理が好きなので……っあ、ここから違います! ここから告白なんですが、昨日はこっそり城を抜け出して町におりてみました。君の渡した花束は実はそこで手に入れたものです。花売りの子が小さな花を売っていたのを花束にしてもらって買いました。両親がいないそうです。ですがこれからの季節は花も手に入りにくくなるでしょう。心配です。早急に対策をとらねばならないと僕は決意を新たに――」
「そうじゃない。いや大事だが、そうじゃないんだ。手紙に一番必要なのは、愛の言葉だ」
「陛下は恥ずかしがり屋なのでそういうのは無理なんじゃないかと……」
「だがこれではほとんど子どもの作文だ! まさか、君はこれでいいとでも? 僕は認めないぞ」
「ま、まあそういう話じゃないっていうのは否めませんが……嬉しいですよ。陛下、わたしがきてから楽しいって。今度ピクニックに行こうって書いてくれてますし。そ、それに最後……」

 ちょっとジルが口ごもってしまったので、それらしいことが書いてあるのかとクロードは横からのぞき見る。

『君にお礼以外も、そのええと、あの、言えれば……いいんだけれど。その、君がす……す……だって! 男らしく言えるように、頑張ります。僕を引き続き何卒よろしくお願いします』
「……無理しなくてもいいのに、陛下」

 照れ隠しのように頬を染めているジルは嬉しそうだが、クロードは納得いかない。

(僕はアイリーンにこんなふうに喜ばれたことがないのに、なぜこんな手紙で……!?)

 妻や愛しい婚約者に宛てる手紙とはこのようなものではないはずだ。クロードの矜持にかけて認めることはできない――とまで考えて、ふとにこにこしているジルの姿を改めて見た。
 子どもだ。
 だから、愛の言葉を綴った手紙がどれほど嬉しいものかわからないのだ。
 そういうことにしよう。
 意外とあっさり立ち直ったクロードは、気を取り直す。

「それで、結局、今回の問題はなんだ? 読めば自動で扉があくのか?」
「あ、待ってください。まだ追伸がここにあります」
「なになに。『僕を好きだと心をこめて言ってくれれば扉はあきます』」

 告白の強制か、悪くない。
 だがジルが嘆息と同時に立ち上がり、右拳をものすごい魔力ごと叩きつけた。
 何が起こったかわからず呆然とするクロードの前で、ばらばらと扉の欠片と魔力がはがれ落ちていく。

「一日三回までって約束です、陛下」

 ぱんぱんと両手を払い、ジルが腰に手をあてて虚空を見あげた。

「しつこくすると、ベッドの間に境界線作りますからね!」

 返事はない。しんとしたこの空気こそが返事のように。
 平然とした顔で奥へ歩き出したジルに、クロードも続く。ほんの少し、聞いてみた。

「一緒に寝ているのか、毎晩」
「警備や護衛が足りていないので。帝都に戻ればまた変わるかもしれませんが」
「……そうか」

 さっきの言い方やこの態度から察するに、主導権は少女にあるのだろう。何もやましいものは感じられない。
 ちゃんと大人の男性らしく、なんだかんだ保護者に徹しているようである。なかなかやるなあのロリコン、と思った。
 子どもっぽいだけかもしれないが。




 一方その頃、お茶を飲んでいる悪役竜帝と悪役令嬢は。

「ジル様、噂には聞いてましたがお強いのね。完全にクロード様がうしろからついてきて守られるポジションになってますわ」
「ベッドに境界線って、どういう意味なんだ……?」
「ああ、枕とかクッションとか使って真ん中に壁を作るんですわよ。わたくしもたまにやります」
「それ、意味あるのか?」
「え? あ、ありますわよ、心理的に。クロード様だってそういうときは一応、配慮してくださいますわ」
「一応?」
「い、一応です」
「それ、意味が」
「あります!」
「ふぅん、そういうものか。まあいい。しつこくしなければ一生ベッドに境界線を作らなくていいってことだ。詰めが甘いな、僕のお嫁さんってば」

 言質をとったと言わんばかりの無邪気で残酷な笑顔を見なかったことにして、アイリーンは紅茶を飲んだ。

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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その3

小説

『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(2)』



 部屋から出ると、そこはもう森の古城ではなくなっていた。ジルも驚いたようで、きょろきょろ周囲を見回している。
 天鵞絨の絨毯が敷かれた赤い廊下だ。壁は真っ白で、燭台もないのに明るい。だが高すぎて天井は見えず、廊下の先も距離があるため何があるかわからない。横幅は大人が四、五人並んで歩けるのがせいぜいの細長い一本道の通路である。
 背後を見ると、出てきた部屋の扉がなくなっていた。
 まっすぐ奥に進めということなのだろう。

「あまり離れずいこう。一応、何があるかわからない」
「はい」

 頷いてジルがしっかりした歩調で歩き始める。
 だが、十歳の少女だ。歩調を合わせながら、抱きあげてしまおうかと思ったが、人妻であることを思い出す。失礼だろうか。

(いや、さっきはロリコンが僕の妻を抱いていた。仕返してやってもいいのでは?)

 だが、ロリコンだったら妻は対象外のはずだ。年下相手に目くじらをたてるのは大人げないのかもしれない。同じことに怒っていいジル自身も気にしていないようだ。それとも自分の前だからあえて気丈に振る舞っているのか。
 妻は美人だ。こんな小さな子にとってあの女性らしい肢体も気品も美しさも憧れるものだろう。そんな女性を夫が抱いていたら不安に思うものだ。その心情を思うと胸が痛む。でも夫はロリコンだから大丈夫なのか。それでいいのだろうか? つまり妻がこのくらいの年齢だったらロリコンの反応が違うということになる。なんていびつな――いや、妻なら子どもになっても可愛い。間違いない。すさまじい忍耐力が強いられるだろうが、クロードは待つ自信がある。彼女が成長していくのを見守るのはとても楽しいだろう。そう考えるとなるほど、ロリコンとはひょっとしてドMなのか。しかも、ロリコンだったら成長したらジルを捨てるはずである。なんということだ、少なくともクロードには無理だ。なんのために成長を見守ったのか、といっそ呆れる。やっぱりロリコンはドMだ。しかし、問題は悪い大人に騙された少女の今後だ。今のうちになんとかすべきではないか。まさかこんないたいけな少女を妻にしておいて、そのような横暴が断じて許されるわけがない。
 つまり問題はなんだったか。そう、妻は幼くなっても可愛い。うん、それだ。

「クロード様、わたしのうしろへ」

 いつの間にか突き当たりの扉にきていた。前に出たジルに、クロードは眉をひそめる。

「あぶない」
「ですから、わたしにおまかせを。お守り致しますので」

 その毅然とした態度に、護衛されることにすっかり馴染んでいたクロードはつい頷き返しそうになって我に返った。

「――何か、しかけがありますね」
「だから、君は僕のうしろに」
「大丈夫ですよ。この通路も扉も、陛下が魔力で作った空間です。陛下はわたしを危ない目にあわせたりしません」

 ロリコンである限りはそうだろう。いじらしい少女の信頼にクロードは目頭を押さえたくなった。

(まあ、見たところこの少女はしっかりしてそうだが……)

「何か扉の上のほうに文字が浮かび上がってますね。陛下の魔力です。あれが扉を開く鍵でしょうか?」
「だが、字はアイリーンだな。設定が雑すぎないか?」

 普通、さらった本人が書くものじゃないのか。雑すぎる状況設定である。
 クロードでも首を上に持ちあげないと見えない文字を読もうとしていると、距離をとったりはねたりして読もうとしているジルに気づいた。

「君がもしよければ、抱きあげるが」
「えっでもそれではクロード様をお守りすることができませ――」

 すーっと浮かび上がっていた文字がジルの目線の高さまでおりてきた。

「……」

 なるほど、さわるなということか。
 なぜ最初からこうしないのか。気が利くのか利かないのか、妙に腹の立つロリコンだ。
 とりあえずジルに尋ねてみる。

「なんて書いてあるんだ?」
「えーっと。クロード様への質問みたいです。……今までにつきあった女性の数は?って、ありますけど……」
「……」
「…………」

 しゃがんでクロードは魔力でできた文字を読む。
 それからなるほど、と頷いた。

「正解しないと通れない、ということか」
「……そ、そうだと思いますが……あの、奥様が正解をご存じだということに……?」
「と見せかけて、情報を引き出そうとするやつだ」
「つまりクロード様はばれてない自信がある……」
「何か言ったか?」

 いえ、と首を振った彼女はとても賢い。社会の仕組みをよくわかっている。

「妻以外いない。だからひとりだ」

 微笑んで答えたクロードに、扉はうんともすんとも言わなかった。
 しばしの静寂のあとで、おそるおそるジルが言う。

「開きません、ね……その……不正解……」
「僕の妻は本当に可愛い」

 つぶやいたクロードは一歩前に踏み出し、魔力を爆発させた。
 さすがにクロードの全力には耐えきれなかったのか、扉が魔力ごと爆散する。

「さあ、行こう」
「そうですね」

 空気が読める賢い少女は驚きもせず、頷き返した。 




 一方その頃、その様子を見ていた悪役竜帝と悪役令嬢は。

「ハディス様! クロード様に壊されましたわよ!?」
「すごい殺気だったなあ。それにただのしかけだし、そこまで強くは作ってないから」
「大切な! 質問だったんですのよ! 考えに考えて選びに選び抜いた質問でしたの! もう一回やり直してくださいな!」
「でも、君ひとりだってちゃんと答えてたじゃないか、彼」
「そんなこと信じる女がどこにおりますの、あの顔で! ハディス様だってそう思うでしょう!?」
「顔のことはともかく、本当だと思うよ」
「えっ……え、本気で……本当にそう思います?」
「僕は世間知らずなほうだけど、彼の言ってることは本当だと思う」
「そ、そうですか……まあ、ハディス様がそうおっしゃるなら……マフィンすごくおいしいですし……」

 彼の中では、という言葉を心の内でつぶやくくらいには、ハディスの中にも良識はある。

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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その2

小説

『悪役令嬢なので竜帝陛下が誘拐中(1)』



「お初にお目にかかります、クロード・ジャンヌ・エルメイア皇帝陛下。ジル・サーヴェルと申します!」

 かつ、と軍靴を踵で鳴らして綺麗な敬礼を見せた少女に、クロードはぱちくりと目をまばたいた。
 そのあとで、ああと本日の訪問客のリストを見る。
 そして名前と訪問理由だけを確認して、少女に目を向けた。

「話には聞いている、ジル嬢。新作の主人公との年末年始特別クロスオーバーイベントだとか」
「そのようにわたしも聞いております。クロード様のご活躍はかねがね耳にしておりましたので、ご一緒できるなんて光栄です」

 ぴしっと背筋を伸ばしたままよどみなく答える少女に、クロードは滅多に動かさない眉をひそめた。

「不躾なことを言うが、本当に十歳なんだな」
「はい、そうです」
「……その、既に十九歳のヒーローと結婚したとか小耳にはさんだのだが、妻から」
「すでに情報収集をなさっているのですね。さすがです」

 つまりロリコ――と口にしかけたクロードは、十歳の少女を前で口にしていい言葉ではないと判断した。
 執務机の前にある応接ソファに腰かけるようすすめると、ジルが失礼しますと言い置いて、クロードの真向かいの席に腰をおろした。礼儀正しい少女である。
 ふかふかのソファに沈むかと思いきや、きっちり姿勢を保ったままでいた。素晴らしい体幹だ。

「ところで、ロリコ――いや、君の夫はどこに?」
「それが、何やら用事があるとかで、あとからくると。わたしだけ先に行っているように言われました」
「そうか。僕も妻から遅れると言付けがあって……ああ、そうだ。君がきたらこれを一緒に見るようにと言われていた」

 懐から封書を取り出す。
 妻とこの少女は初対面のはずだが、何やら女性同士で会う前に伝えておきたいことでもあるのかもしれない。
 ペーパーナイフと一緒に渡すと、礼儀正しい少女は、礼を述べてから封を切り、クロードにも見えるよう折り目を伸ばして間のテーブルに置いた。

『「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました&やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」クロスオーバー交流企画(長い)
お前の妻は預かった。返して欲しければ三つの扉を突破して助けにこい!』

「いくらなんでも雑すぎる」
「はーっはっはっは!」

 思わずつっこんだクロードの声にかぶさるようにして、空中から笑い声が響く。
 顔をあげて、ジルが叫んだ。

「陛下!? な、何してるんですか他人様のうちで!」
「魔王! お前の妻は僕が預かった! 返して欲しければ何か難問を突破してどうにかするんだな!」
「きゃークロード様、わたくしとしたことが捕まってしまいました! 助けてくださいませ!」

 棒読みでなんか声をあげているのは他でもないクロードの妻・アイリーンである。
 何がなんだかわからないが、とりあえず自分以外の男が妻の腰を抱いているのはいただけない。妻を自分の腕の中に転移させようとした瞬間、ばちっと音がして弾かれた。
 眉をひそめたクロードに、ふっと妻をさらおうとしているらしい男が笑う。年下だろう、笑みにまだ子供っぽさが残っている。

「そんなものがこの竜帝たるハディス・テオス・ラーヴェにきくわけないだろう! そこで指をくわえて眺めて――」
「陛下!」

 ずいっと進み出たジルに、男が目を向ける。

「ジル……」
「何をしてるんですか、お茶をするって準備してませんでした!?」
「何を言っているのだかわからないな」
「なんですかその悪役の台詞は! いいからおりてきてください! そちらのご令嬢はクロード様の奥方様では?」
「なぜなら僕は耳栓をしているからだ!」

 しんとその場が凍り付いた――というよりは、白けた。
 だが自信満々で男は続ける。

「君に離婚だの嫌いになるだの言われたら僕は心臓がとまる……だから僕は考えた! 君に軽率に心臓をとめられない方法を、編みだしたんだ……!」
「……それ以外のことにその頭のよさを使ってもらいたかったです、陛下……」
「つまり何を言っているかわからない! でも君は僕のお嫁さんだからな! 悪いことをする僕をちゃんと止めにこないとだめだぞ!」
「そうですわよ! クロード様もわたくしを助けにきてくださいませ!」

 よくわからない宣言と、ぱあんとクラッカーを鳴らすような派手な音と紙吹雪は、まさか演出だろうか。
 あとはしんとした部屋に、げんなりした顔のジルともはや表情をなくしたクロードが取り残される。

「すみません……うちの、陛下が……」
「いや、うちの妻もだ。すまない。というか企画は作者だろう? 最初は僕と彼の書き分けができているか不安で習作を書いていたらいつのまにか増えに増え、こうなったとか」
「そうみたいですね。陛下とクロード様、全然違うのに」

 今、ひょっとしてのろけられたのか。
 凝視するクロードの前で、ひたすら落ち着き払ったジルが確認する。

「いかなきゃいけないんですよね、おそらく」
「……そうだろうな」

 無視したら面倒だろう。意外と真面目なふたりは同じ結論を出して、同時にため息を吐いた。



 その頃、悪役竜帝と悪役令嬢といえば――

「さあっおふたりがくるまでに準備に取りかかりましょう! これは作者からのミッションです!」
「わかっている。まずはそうだな、サンドイッチにスコーン、サラダもバランス的には欲しい……」
「何を用意するつもりなんですのハディス様!?」
「何って、歓迎会の用意だろう?」
「違います! わたくしは囚われのお姫様なんですのよ、こう、鎖とかなんか色々つけて怪しい雰囲気にしてくださいませ!」
「いやでも、ジルがおなかをすかせるかもしれないし」
「う。そ、そうですわね……十歳の女の子ですものね……クロード様、ちゃんと守ってくださるかしら」
「大丈夫だ、ジルはしっかりしてるし。とりあえず君も座ったらどうかな。作り置きのマフィンがあるよ」
「まあ……そ、そうですわね。お茶をいただきながらゆっくり作戦を立てましょう」

 ――などと、お茶を飲み始めていた。

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#悪ラス #やり竜
2019年プライベッター初出
「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」×「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」
年末年始特別クロスオーバーSS その1

小説

2019年『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました4』書籍版発売非公式特典:鍵→悪ラス原作4巻最初と最後の挿絵のページ数(5桁)
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小説

『魔王城のハロウィン』2019ver.



 妻が朝の身支度に退室したと思ったら、自分と同じ顔の造りをした神もどきが「とりっくおあとりーと!」とか叫んで寝室に現れたので魔力を叩きこんでやった。

「ひどいクロード、お父さんに乱暴するなんて!」
「母上に鍛えられているだろう、大丈夫だ」
「そういうところグレイス似だよねクロード……まあいいや、あのねお父さんハロウィンのいたずらを考えたんだ!」
「帰れ」
「僕が魔王のコスプレをする!」
「元魔王が魔王のコスプレをしてもただの元魔王だろう、帰れ」
「で、どっちがクロードか当ててもらうっていうのはどう?」

 ぴたりとクロードは寝台の上で、父親を名乗る元魔王をまじまじと見る。
 そっくりクロードと同じ顔で、ルシェルがにんまりと笑い返した。



「少し目を離した隙に今度は分裂したんですか、我が主」

 さっそくうきうきで出迎えた一人目は、部屋に入るなりクロードに向けてそう言った。
 クロードはルシェルとふたりで顔を見合わせる。はっきりいって自分でも相手が鏡なのかルシェルなのか見分けがつかない。
 それなのに一目で見破られるとは。

「どうしてわかるんだ、キース」
「私めが部屋に入った瞬間、ちょっと怒られるかもと思って目を泳がせたでしょう。そっちが本物、こっちはルシェル様ですかね?」
「君、魔物になれるんじゃないの?」

 ルシェルが感心した声をあげる。キースは嘆息した。

「まさかそれで今日遊ぶおつもりですか」
「楽しそうじゃないか?」
「皇帝の自覚ありますか?」
「クロード様、おはようございま――今日はルシェル様と分裂ごっこすることにしたんですか?」

 ふっと上空から姿を現したのはエレファスだ。その問いかけはこれまたクロードに向けられている。
 しかし、こちらはそう驚くことではない。エレファスは魔物にも劣らぬ魔力の持ち主だ。つまり魔物と同じで、姿形以外に魔力という本質を見る。
 が、いきなり最初からいたずらが破綻すると面白くない。

「誰かだまされてくれないか」
「せめて苦労して欲しいよねえ」
「じゃあ、護衛のふたりにしたらどうです。ほら噂をすれば」
「おはようござい――」

 そろって挨拶をしようとした護衛がふたりで固まった。エレファスは少し笑って一歩さがる。
 だが護衛のふたりも復活は早かった。

「今日はなんの遊びですか? キース様も承知のうえで?」
「承知はしてないんですが、遊んでやらないとやめないですしね……というわけであなたの落とした魔王はこっちの魔王ですか、それともあっちの魔王ですか」
「これってどっちかはルシェル様ですよね。うーん」

 やっと考えてくれる人間がきた。
 ルシェルと小さく目配せしあったクロードは、わざとらしく咳払いをして黙る。ルシェルもほんの少し口端を持ち上げるだけで黙りこんだ。

(僕の護衛だ。当てられなかったらお仕置きだな)

 わくわく待っていると、両腕をくんだウォルトが、顔をしかめた。

「なんか、そっちのはずしたら楽しいのでわくわくしてるほうがクロード様だと思うんですが」
「では、僕がクロードでいいのか?」

 平然とクロードが答える横で、ルシェルが意味深に笑う。
 待ってください、とカイルが声を上げた。

「その前に報告をさせてください。朝食にプリンが出るらしいです」
「えっ」
「そっちの喜んだのがルシェル様です」
「で、やっぱこっちがクロード様だ。プリンがどうしたって顔ですもんね。はい決まり」

 自信満々に答えたウォルトとカイルに、クロードは嘆息する。あーとルシェルも声をあげた。

「ひっかけとかずるいー今度は質問とかなしで決めさせないとなあ」
「まだやるんですか? ゼームス様はひっかからないですし、聖王様もそうでしょう。あとはオーギュスト様……」

 名前をあげたエレファスに、ウォルトが口をはさむ。

「あいつカンで当てるだろ」
「となると……他にはオベロン商会の方々ですかね」
「彼らは当たってもはずれても面白くない」
「じゃあ、セドリック様はどうです?」
「セドリック様はだめです」

 エレファスの提案をキースが一蹴した。
 なぜ、という皆の目線にキースが一拍おいて答える。

「……もしはずしたら主が悲しみのあまり殺しかねません。お命が危険です、冗談抜きで」
「そんなことは起こらない、セドリックは当てるはずだ」

 クロードは本気で言ったのだが、皆がそろいもそろって納得した顔を見せた。解せない。
 ルシェルはどうでもいいのか、小首をかしげる。自分の姿形でやられるとわりあい不気味だ。

「となるとーいきなり本命しか残らないよねぇ」
「もうそろそろお出ましのはずですが……ああ、いらっしゃいましたね」

 続き部屋を通ることを知らせる鈴の音に、クロードは顔を引き締める。これでいつものような甘い顔をするとすぐにばれてしまいかねない。

「クロード様、お支度はまだ――」

 そうして入ってきた愛しい妻は、そっくり分裂した夫を見てきょとんとした顔をした。
 その愛らしさについ腕が伸びそうになるが、ここは我慢だ。
 だが、びっくりしている顔が可愛いやら、すぐさま自分を見抜いてくれないのが悔しいやら、胸中は複雑である。

「……なにごとですの、これ」
「ハロウィンのいたずらだそうです。アイリーン様が落っことしたのは右の魔王ですか、左の魔王ですか、っていう」

 キースが左右対称、鏡合わせのように突っ立っている右のクロードと左のルシェルを指さす。
 頬に手をあてて、アイリーンは首をかしげた。

「それ、実はどれもわたくしの魔王ではありませんというオチではないの?」
「どっちかですよ」

 エレファスが請け負う。その周囲をぐるりと見て、アイリーンは顔をしかめた。

「まさか、皆はもう答えを知っているの?」
「俺達は当てたし。な、カイル」
「まあ……キース様とエレファスは知らないが」
「俺は魔力が見えるので。キース様はなんか一目で当てそうですけど」
「私めは見慣れてるのと、反応がよかっただけですよ。もう一度シャッフルされたらわからないと思いますし」
「……キース様はクロード様が百人いても当てそうですよね」

 ぼそりとアイリーンについてきていたレイチェルがつぶやく。無理ですよ、などとキースは笑っているが、信じる人間はいない。

「で、アイリちゃん。どっちだと思う~?」

 にやにやしながらウォルトが問いかける。
 そうね、と応じるアイリーンはあくまで冷静だ。

「このままふたりで仕事をしてくだされば、ふたり分はかどる……」
「アイリーン様、だめです。すねられてしまわれます」

 さすがアイリーンの侍女は優秀で、すぐさま止めにかかってくれた。
 アイリーンは、残念そうに嘆息する。

「しょうがないわね……でも、もし。もしもよ? わたくしがはずしたら大変じゃないかしら……」

 それはもう大変に決まっている、とクロードは内心で同意する。顔には出さない。
 だが、周囲の人間の顔色が変わった。
 それを見越したように、アイリーンが可愛らしく笑う。

「ということで、わたくし、本物だと思うほうにキスをしようかと思うの!」
「「「こっちです」」」

 護衛と魔道士が裏切った。
 指をさされたクロードは、静かににらむ。

「お前たちはいったい、誰の部下だ?」
「やだなあクロード様ですよ、なーカイルにエレファス」
「そうですね、危機回避能力の高さです」
「ほらほらクロード様、アイリーン様が朝のキスだそうですよ」

 ぐいぐいとクロードの背中を押し出す始末だ。ルシェルも半分呆れたように笑い、ぽんと音を立てて戻ってしまう。

「ほんと、人間は面白いなあ」
「僕は面白くない」
「はい、つかまえましたクロード様。まあ、皇帝陛下が朝からそんなお顔をなさって」

 クロードの腕をとってアイリーンがくすくす笑う。
 その笑顔は愛らしいが、口がへの字にむくれるのはしかたない。機嫌を損ねているぞ、という雰囲気を全開にしていると、アイリーンが背伸びをした。
 頬に甘い朝の口づけをされる。

「……もし皆が裏切らなかったら、どうしていたんだ?」

 素直に機嫌を戻すのは癪なので、そう尋ねる。

「同じですわ。他の方に口づけなんて、絶対にクロード様がお許しになるはずがないので」

 なるほど、では結果は同じか。
 しっかり者の妻に降参したことにしておこうと、クロードはアイリーンの頬に朝のキスを返した。



 ――ちなみに、参考までに、元魔王の妻である某御方に見破り方を聞いたところ。

「殴った手応えでわかる!!!」

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#悪ラス
2019年プライベッター初出

小説

『君との恋は前途多難』



「オーギュスト、今日誕生日でしょ? はい、プレゼント!」

 差し出されたのは、リボンでシンプルに飾られたハンカチだった。刺繍でオーギュスト・ツェルムと名前が縫い込まれている。他にも細かく、だが華美ではない模様が名前のそばに刺繍されていた。間違いなく、用意された手作りだ。

(誕生日とか、よく調べたなあ)

 言ったことはないはずだ。とはいえ、どこからかわかってしまうものなのだろう。
 既に幾人かの女子生徒からお菓子から本までプレゼントされていた。ハンカチも多分五枚目くらいだ。
 両手はもういっぱいで、受け取ろうにも手を差し出せない。だがきちんとお礼は口にする。

「ありがとうな、セレナ。でも今、両手がふさがってて」
「よね。じゃあもう使ってくれる?」
「は? え、ちょっと待っ――」
「大事にしてね」

 リボンをほどき、セレナはオーギュストの制服のポケットにハンカチをつっこんでしまった。いたずらっぽく笑ったセレナに、オーギュストは半分呆れ、半分感心する。

(これで俺、ハンカチ使わざるを得ないというか、使っちゃうよなあ)

 仕舞いこんで使わない可能性はこれで消えた。
 狙ったのかな、と思う。自惚れるつもりはないが、にぶくはない。そういうことはなんとなく察してしまう。
 悲しいことに、自分ではなく、生徒会役員で見目がよくて誰からも羨ましがられそうな、そういう地位が狙われていることにも気づいている。
 そして、それを指摘するほど子どもではなくて。

「ありがとうな」

 当たり障りなく無難にそう答えると、ちょっとセレナは当てが外れたような残念そうな顔をした。でもめげずに、放課後の予定とかさぐりを入れてくる会話をのらりくらりかわす。
 わかってるのに、と思っていた。
 あからさまな何かを訴えるハンカチ。上等な絹ではなく麻で、刺繍こそこっているが糸は平凡で授業で使うようなものだ。手はこんでいるが質素で、そしてオーギュストの性格から絹よりは麻の方が使いやすいだろうという気遣い――ジルベール伯爵家のご令嬢なのに、というそういうアピールをこめたのだろう。

(ギャップ狙いってこういうのかー。なんだかな……)

 自分を好きじゃないなんて、なにかそういう、誰かに羨ましがられるような何かになりたがってるだけなんて、わかっていた。事実そうだっただろう。

 でも、本当にそうだったのだろうか。
 彼女は本当に、オーギュストが気づいていることに気づいていなかったのだろうか。
 ジルベール伯爵家で使用人同然の扱いを受けていた彼女があのハンカチを用意するのは――実はとても大変だったんじゃないのか、なんて。

(今になって、聞けない)

 ■

「オーギュスト、お前、何、花束なんか持ってんの」
「あ、先輩」

 おはようございます、と挨拶をしてからオーギュストは手に持った小さな花束に目を落とした。

「配ってたんですよー。朝飯買いに言ったパン屋で。訓練所に置こうかなと思うんだけど……」
「やめとけやめとけ、花瓶もねーしすぐ枯れるわ」

 笑う先輩騎士の言うことはもっともだ。
 エルメイア皇国聖騎士団は、魔物退治の遠征も多いからか完全な男所帯だ。剣技や体術といった強さだけではなく難易度の高い試験を突破する頭脳の持ち主を集められ、皇帝から紫のマントを下賜された直属のえりすぐりの騎士達。という肩書のわりに、宿舎にしろ訓練所にしろとにかくむさくるしい。それなりに整理整頓はされているが、部屋に花を飾ればさぞかし浮くだろう。
 皇都の警備を主にしている騎士団は女性騎士もいて、貴族の子息も多いだけに、きちっとどこの場所もぴかぴかに磨き上げられているので、一見すると雲泥の差である。
 一応、聖騎士団の方が階級は上なのだが、三度の飯より拷問が好きとか、少数精鋭すぎておかしな人間が多いのだ。筆頭は団長にしてドートリシュ公爵家次男、アイリーンの兄である。会ったことは入団時の一度しかない。なんでも、今はどこぞの火山のふもとに住む古竜との戦いにはまっているそうだ。古竜の方も骨のある人間との戦いに律儀に応じているとかなんとか。もはや魔物退治を目的にしていない。妹の結婚式がもうすぐだというのに帰ってくる気配すらなかった。
 そんな情緒を解しない男だらけの所帯の中で暮らすには、手の中の花束はあまりに小さく、可憐すぎた。

(俺の部屋に飾ってもいいけど……ゼームスがうるさいよなー絶対)

 妙に律儀な半魔の友人は、枯らすまいと必死になるだろうし、そもそも部屋に花とか柄じゃない。

(誰か女の子……アイリーンはだめだろ、レイチェルも……やめといた方がいいよなー。となると)

 誤解されない顔見知りの女の子は一人しかいない。
 まだ訓練まで時間はある。昼前なら洗濯場にいるだろう。よし、とオーギュストは花束だけを持って訓練場を出る。
 回廊をぐるりと回って小走りに進んでいくと、何人かの顔見知りとすれ違った。挨拶を交わしたり、「オーギュスト様ぁ!」なんていう黄色い声に手を振り返したりする日々は、あの学園の時とあまり変わらないなと思う。
 決定的に違うとしたら――さがす役割が、オーギュストになった。そんなことにふと気づく。だからなんだということもないけれど。

「セレナ、誕生日おめでとう!」

 ぼんやりとした思考を遮ったのは、そんな言葉だった。
 読み通り洗濯場でセレナを見つけたオーギュストは、ぱちぱちと目をまたたく。

(誕生日って)

 知らなかった、そんな話。と同時に、手の中の小さな花束を見る。

「ありがとう。わ、可愛いリボン! 手作り?」
「こないだのドレスの裁縫の仕事した時、端切れもらったからそれ。結構いいできでしょ?」
「ちょうど新しいの欲しいところだったの、嬉しい」

 セレナはとても外面がいい。内心どう思っているのかは知らないが、女友達も男友達も多く、顔が広いのだ。冷たくあしらわれるオーギュストがなにをしたのかと怪訝に思われることがあった。

「ってすごいじゃないの、この洗濯籠全部贈り物?」
「うん、みんないいって言ってるのに気を遣ってくれて」

 それは嘘だろうなと思った。セレナのことだから巧みに誘導して、贈り物をあげたいという気にさせたのだろう。

「あ、ブローチ! すごくきれい。これ誰から? 男でしょ」
「ふふ、内緒」
「こっちは劇団のペアチケットじゃない。なにーデートの誘い~?」
「そんなんじゃないって」
「なになにこれエメラルドじゃない! 指輪よ指輪!」

 恥ずかしそうに笑っている下には、したたかで計算高い顔がある。もらった宝飾品の類は全部売り飛ばしかねない、そんな彼女を知っている。
 なのに今、この小さくて可愛くて、でも高価なブローチや本物の宝石には届かない、そんな花束を差し出すのはためらわれた。
 両手いっぱいにプレゼントを抱えて愛想笑いをするセレナと、一年前の自分が重なる。
 あの時、セレナは他の女の子からの高価なプレゼントにもめげず、自分にハンカチを押し付けた。

 それはなんて、傲慢で、打算的で、勇気のいることだったのか。

 急に恥ずかしくなった。赤くなった顔を隠すようにして、拳を握り、きびすを返す。
 自然と早足になり、気づいたら駆け出していた。
 何を見たくないのかは、わからなかった。



「アイリ! これ見舞い!」
「えっオーギュスト?」

 自宅療養をしているアイリーンが、花束を付き出されて目を丸くしている。
 肩で息をしたオーギュストは、その顔を見てやっと頭が冷えてくるのを感じた。
 ドートリシュ公爵邸に突撃してきたオーギュストをここまで案内してくれた、レイチェルにわたしてもよかったのに――ああ、こういう時に本心が出るのだ。
 呼吸を整えて、オーギュストはできるだけいつも通りの笑みを浮かべる。

「アイリーンにわたしたいな、と思って」

 そういうことにしたい。

「……」

 アイリーンは少し眉根を寄せて沈黙した。そして嘆息して、一人がけの肘掛けに体重を傾けて、頬杖をつく。

「わたす相手が間違っている気がするのだけれど」
「そんなこと」
「……まあいいわ。聞かないであげる」

 ほっとした。その間を縫うようにしてレイチェルが紅茶とお菓子をテーブルに並べてくれる。

「でもオーギュスト。ごまかすと高い代償を払うことになるのが世の常よ」
「へ?」

 あれ、と目をまたたいた。
 レイチェルが並べた紅茶のカップは三つ。三人分だ。
 アイリーンが憐れむように目を細めて告げる。

「つまり、クロード様がうしろにいるわ」

 そうか、背後から伸びた影と感じる圧はそれが原因か。
 自らの死期を悟った気分になった。



「オーギュストはまだ自覚していないのか」

 オーギュストからもらった花束を手にしながら、クロードが言った。
 魔王に花束を捧げて失礼しますと綺麗な騎士の礼をして去って行くことになったオーギュストに同情しつつ、アイリーンは答える。

「そのようですわね。まったく、セレナの誕生日だというのに、こんなことで大丈夫なのかしら」
「ああ、つまりこれは渡せなかった花束か」

 オーギュストは自覚していないし、セレナは警戒を通り越して嫌悪している。
 この調子でどう進展するのか。前途多難すぎる。

「僕がもらってしまったんだが……しょうがない。セレナに自慢しにいこう」
「なぜそこで譲りにいくのではなく、自慢しにいくのですか」

 呆れて尋ねると、クロードは小さな花束をくるりと長い指先で回す。

「欲しいと言えば、譲ってもいい。そういう恋の始まりもいいだろう?」

 たぶん、始まらない。
 やはり前途多難だなと息を吐く。
 ただし、そう言ったクロードが果たしてセレナの元へ向かったのかどうか、アイリーンは知らない。

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#悪ラス
2019年プライベッター初出
『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました4』発売御礼Twitter限定小説

小説

『魔王城のハロウィン』



 雲一つない青空と何も遮るもののない草原の間に、さわやかな風が舞う。
 髪に揺らしながら一歩前へ進み出た魔物が、両腕を組んで正面をねめつけた。

「アイリーン。覚悟はいいか」

 その声に答えて、アイリーンも一歩前に進み出る。
 
「ええ、ベルゼビュート。あなたたちの好きにはさせません」
「はっ人間が魔物に勝てるとでも? 愚かな」

 ふんとアイリーンはそれを笑い、箒を突きつけた。

「受けて立つわ。かかってらっしゃい」
「いい度胸だ」

 そう言ってベルゼビュートが片手をあげると、ずらりと黒い影が並んだ。魔物達だ。囲まれている――魔物の軍勢が申し合わせたように叫んだ。

「「「「「とりっくおあとりーと!!」」」」」



 草原のど真ん中で勃発した菓子の取り合いを、少し離れた木陰でクロードは眺めていた。
 わざわざ外に持ち出したテーブルにはクッキーやマフィンといった、今まさに草原で飛び交っているお菓子のお裾分けが並んでいる。
 もちろん、愛しい婚約者が用意したものだ。

「今日も僕のアイリーンは可愛いな」
「気合い入りまくってらっしゃいますよねぇ。魔女の仮装までして」

 クロードに紅茶を用意しながらキースが答えた。
 魔物のいたずらを阻止すべく、アイリーンは大量に用意した手作りの菓子をばらまいている。手伝っているオベロン商会の面々も投射機を持ち出して、アーモンド率いるカラスの空軍を撃墜していた。菓子が欲しいだけの魔物は平和に並んでいるが、アイリーンに遊んで欲しくてたまらない魔物はなんとかして出し抜こうとあれこれ画策しては、クッキーを口に放り込まれたり頭に飴をぶつけられたりしている。
 どうもお菓子を受け取ったり食べたりしたら、いたずらをできなくなるというルールらしい。

「なるほど、あれは魔女の格好なのか……僕も彼女に合わせて仮装したいのだが」
「大丈夫ですよクロード様。今日のお召し物は魔王の仮装ですから魔女にはぴったりです」
「魔女にぴったりなのか。なら魔王でいいな」

 昨日も魔王だった気がするが、あまり気にせずクロードは観戦に戻る。
 数は魔物に分があるが、オベロン商会の面々は優秀だ。作戦――おそらくアイザックが立案したものだろう――にはまってどんどん脱落している。しかもアイリーン達の味方につけば二個目のお菓子がもらえると、裏切りまで示唆しているようだ。そのせいで魔物が仲間割れを起こし始めている。指揮をとるベルゼビュートが「卑怯だぞ!」と叫び、アイリーンは「なんて他愛ない」と完全に悪役の顔で高笑いしていた。楽しそうである。

「……やはり僕も参加したい」
「だめですよ、アイリーン様に言われたでしょ。魔物の訓練なんだから、クロード様は手を出しちゃ駄目です!って」
「だが、どう見ても遊んでいるじゃないか。僕だけ仲間はずれだ」
「いつものことじゃないですか」
「キース……今のはちょっと傷ついた……」
「寒いんで風吹かすのやめてください。――おや」

 キースが横のしげみに視線を動かしたのにつられて、クロードも顔を上げる。がさがさとしげみが揺れて、まずアーモンドがひょっこり顔を出した。その次にがさっと白い前脚が出てくる――アーモンドを頭の上に乗せたリボンだった。
 それぞれマントを羽織ったり帽子をかぶったり、小さなカボチャの飾りまでつけて仮装している。アーモンドをのせたままのリボンが歩くたび、ちりんちりんと鈴が鳴った。

「どうした、可愛い格好をして」

 ひょこひょこ足下までやってきた一羽と一匹は、クロードの言葉に全身をぶあっとふくらませた。

「可愛イ……俺様、カワイイ!」
「きゅいきゅいきゅいっ」
「どうしたんです? お菓子もらえなくていいんですか?」
「アツメタ!」

 自慢げにアーモンドがマントをばさっと広げ、リボンもぶるっと頭を振るわせて帽子を落とす。とたん、マントと帽子からどさどさと飴やらクッキーやらが落ちてきた。
 それらを拾い直して、キースが感心する。

「取りこぼしを集めたんですか。考えましたねえ」
「俺様、タクサン! アトデ食ベル!」
「お前達は賢いな」
「賢イ……俺様、カシコイ!」
「きゅいいぃ……!」
「それで、どうしたんだ? まだアイリーンがお菓子を配っているぞ」

 全身を震わせてでれでれしていたアーモンドとリボンがはっとなる。もじもじしながら顔を見合わせ、クロードをつぶらな瞳で見上げ――声をそろえて言った。

「「とりっくおあとりいと!」」

 ぱちりとクロードはまばたいたあとで、ふわりと微笑んだ。
 菓子店まるまる一軒分ここに転移させたい気分だが、そうもいかないので、テーブルの上に残っているクッキーを手に取り、差し出す。

「これで許してもらえるだろうか?」
「きゅい……!」
「魔王サマ! 俺様アーモンド! アーモンドクッキー!」
「アーモンドにリボン! なにをしてるの!」

 草原の方から飛んできた声に、ぎくっとアーモンドとリボンが首を竦める。
 ざくざくと大股で歩いてきたアイリーンは、眉をつり上げていた。

「今日はわたくしがお菓子を用意するから、クロード様にお願いするのはナシだって約束したでしょう」
「きゅぅ……」
「アイリーン、オニヨメ……」
「なんですって!?」

 ぴゅっと慌ててリボンとアーモンドがクロードの椅子の背後に隠れた。
 クロードの正面に仁王立ちする格好になったアイリーンは、両腕を組んで嘆息する。

「クロード様もクロード様です。この子達にあげたら他の子はどうしますの」
「いいじゃないか、少しくらい」
「いけません。少し少しって、そうやってクロード様はすぐ魔物達を甘やかすんですから!」
「そんなことはない。むしろ君がもっと甘くなるべきだと僕は思う」
「まさか、わたくしが厳しいとでもおっしゃるの?」
「そうだな。僕を仲間はずれにしている」

 ほんの少しそっぽを向いて不満を口にすると、アイリーンはつり上げていた眉をさげ、きょとんとした。

「ちゃんとクロード様のお菓子は用意しましたわよ?」
「だったら魔物と遊んでばかりで恋人の僕を放置していいとでも?」
「ほ、放置などしていませんわ。わたくしはただ、魔物達がいたずらしないようにと」
「なるほど、僕がいたずらを企めば君はかまってくれるのか」
「そ、そういう問題では……」

 勢いをなくし、もごもごと口ごもったあとでアイリーンははっと我に返ったようだった。

「ま、またそうやって話を変な方向に……ご、ごまかされませんわよ! アーモンドとリボンの話なんですから!」
「アーモンドもリボンもとっくに逃げているが」
「で……ではわたくしも戻りますので!」

 ぷいっとアイリーンがそっぽを向いてきびすを返そうとする。
 その腕をクロードはつかんだ。

「君はもっとお菓子のように甘くていい、アイリーン」

 怒ったそぶりで耳まで赤くなっていることには気づいているけれど、見逃す理由は特にないので、クロードは耳朶にその言葉を吹き込む。

「Trick or Treat?」

 甘いお菓子になるか、いたずらか。
 選ぶのはアイリーンである。

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#悪ラス
2018年プライベッター初出

小説

『この令嬢がヤバイフェア』自主没SS




廃城のテラスで二人きりのお茶会中、十回目の求婚をしたら魔王が言った。

「女性から求婚するのは、令嬢として失格ではないのか?」

 頬杖を突いたクロードがアイリーンの手作りクッキーを手に取る様子はない。何も盛っていないとわざわざ申告するのもつまらないので、アイリーンは何も言わずまず紅茶を飲んだ。

「クロード様。貴族の令嬢は普段から心がけていることがたくさんあります。たとえば、食器に口紅をつけない」

 紅茶のカップを見せる。口をつける前に軽く拭き取り、口紅を残さないのが礼儀だ。

「ダンスに気の利いた会話、相手と場に合わせた化粧。でもそれらはすべて意中の男性をしとめるための武器です。令嬢達はその目的を見失っていけません」

 目線を上げたクロードに、狩人の瞳で薄く微笑み返す。

「今日の口紅の色が気になります?」
「何故そう思う?」
「ずっと見てらっしゃいますわ。どんな色がお好き? 言ってくだされば変えますわ」
「僕を愛してもいないくせに?」

 それを気にしだしたら、落ちる日も近い。

「ええ。クロード様のお好みの色に」

 クロードがふと身を乗り出し、親指でアイリーンの唇をゆっくりなぞった。

「では、淡いピンクの口紅で」

 そしてクッキーを一枚取り、立ち上がる。

「楽しみにしている。また明日」
「――ええ、また明日」

 でも、明日の口紅の色は赤だ。

(意中の男性を落とす前に落とされては駄目)

 それが、男性には言えない令嬢の本当の心得。
 言うとおりに口紅の色を変えて期待するのは言語道断。同じ失敗はしない。
 あなたを愛に跪かせるその日まで、駆け引きは続くのだ。

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#悪ラス
2018年プライベッター初出(たぶん)
フェア用に書いたものの、ネタにマジレスしちゃったみたいな恥ずかしさに「ちがうぅぅ」って頭をかきむしって自主没にしたものです。

小説


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